アルディナ村の現状
囲炉裏の火がぱちりと弾け、橙色の光が土壁をゆらゆらと照らしていた。
俺は木杯を指で回しながら、ずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。
「……ところで、アルディナ村って、どうしてこんな森の奥にあるんですか?」
何気ないふうを装った問い。だが、内心は別だ。
――訊け。立地の理由には、歴史的背景があるはずです。
耳の奥で響くのは、懐かしい相棒の声。
共犯者。俺にしか聞こえない、あのシステマチックな調子の声が背中を押す。
村長バルドは、長い顎髭を撫でながらゆったりと頷いた。
「王都から遠いのは承知の上じゃ。大昔、迫害を逃れた者たちがこの森を拓いたと伝わっておる。……まあ、伝承に過ぎんがな」
「迫害……?」
俺が眉をひそめると、隣に座るマリアが補足するように言葉をつないだ。
「今はただ、山が近いから木材や薬草が手に入るんです。畑は狭いけれど、麦や豆なら十分に育ちますし。……ここで暮らすには、恵まれた場所なんです」
彼女はそう言って、控えめに笑った。
火の明かりに照らされた横顔は、村娘らしい素朴さと、都会育ちの俺にはない強さをあわせ持っていた。
――狩猟、採集、農耕が並立。自給自足色が強い。物流は希薄でしょう。流通経路を探れ。
「……じゃあ、食料や道具はどうしてるんだ? 外から買ったりとか」
俺は相棒の指示通り、もう一歩踏み込む。
「年に数度、行商が来るのじゃよ。塩や鉄器はそこで買う」
バルドが応じる。
「逆に、わしらは干し肉や薬草を売る。だが道は険しく、雨が続けば誰も来ぬ。だから備蓄は欠かせんのじゃ」
そのとき、戸口からひょいと顔を出したのは薬師セラだった。
「だからこそ、わしの乾燥薬草は重宝されるんじゃよ。都会もんに売れば、えらい高くなるんだから」
皺だらけの顔に、どこか得意げな笑みを浮かべる。
――資源と物流の把握完了。次は、この世界の権力構造。探ってみなさい。
「……さっき“王都”って言ってましたよね」
俺は視線を村長へ向けた。
「この村は、その王国の領土ってことですか?」
一瞬、空気が固まった。
村長はちらりとマリアへ視線を送り、言葉を選ぶようにして答えた。
「……形式上は、そうなる。だが王の目が届くことなどない。年に一度、徴税人が来るだけじゃよ。それも形ばかりのものよ」
マリアが小さく笑った。
「だから、村は村の掟で回っているんです。お祭りも、婚姻も、全部」
(なるほど……辺境だからこそ、王都の干渉はほとんどない。つまり、この村では“掟”が絶対ってことか)
――その掟を把握すること。あなたが定住する上で必須です。
俺は木杯を置き、さらに踏み込んだ。
「その、婚姻って……どういう決まりなんです?」
問いかけた瞬間、マリアの肩がびくりと震えた。
頬に赤みが差し、視線を伏せてしまう。
代わりに、村長が含み笑いをしながら答えた。
「簡単なことよ。血が濃くならぬよう、外から来た者を迎え入れる。それが昔からの知恵なのじゃ」
その言葉を受けて、マリアはさらに顔を赤く染め、袖で口元を隠した。
火の明かりに浮かぶ横顔が、ほんのりと熱を帯びている。
――決定的情報。ここに定住すれば、自然と彼らの“期待”はあなたに注がれる。
俺は曖昧な笑みを浮かべながら、心の中でため息をついた。
(やれやれ……この村、思った以上に奥が深いぞ)