表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

バルドとマリアとセラ婆

「―ソウタ殿」


低く、よく通る声。

正面に座る老人は、豊かな白髭を撫でながら俺を見据えていた。

背は曲がっておらず、年齢を感じさせる皺の奥にも揺るがぬ強さが潜んでいる。


「改めて、自己紹介をさせていただく。わしはバルド。このアルディナ村のまとめ役をしておる。名ばかりの村長じゃが、長く生きたぶん、皆からそう呼ばれておるのじゃ」


「……村長、さん」


思わずそう口にすると、老人はくっくっと笑った。


「堅苦しくせんでよい。ここでは皆、わしを『爺さん』と呼ぶ。じゃが、外から来た者にはきちんと名を告げるのが礼儀でな」


その視線は穏やかで、どこか俺を試すようでもあった。

――なるほど、ただの田舎の長老じゃない。人を見る目がある。詐欺師として散々他人の裏をかいくぐってきた俺だからわかる。


「……わかりました。バルドさん、ですね」


返すと、老人は満足げに頷いた。


「そして――」


隣で背筋を正した少女が、小さな声を震わせながら続ける。


「わ、私は……マリアと申します。村長……おじい様の孫です」


俺を献身的に介抱してくれた娘だ。

改めて明るい場で向き合うと、艶のある栗色の髪が朝日に照らされ、瞳の中に金色の光が瞬いているのがわかる。

その美しさに一瞬言葉を失い――いや、いやいや。今はそんな場合じゃない。


「マリアさん、改めてよろしく」


「は、はい。その……もうしばらくの間は私がソウタさんのお世話を……いたします」


頬を赤く染め、指先をもじもじと絡める仕草。

どう見ても素朴な村娘なのに、なぜか胸を打たれる。

俺は咳払いしてごまかした。


「……ありがたく、お世話になります」


(まずいな。利用する気満々だったはずなのに、こう正面から向けられると……心が揺さぶられる)


場に少し沈黙が落ちた、そのとき。

コンコン、と戸口を叩く音が響いた。


「おう、まだ話の最中かね? 旅人の具合を診に来たぞ」


入ってきたのは、小柄で背の曲がった老婆だった。

腰には乾いた草束をいくつも提げ、独特の匂いが部屋いっぱいに広がる。

その手は節くれだっており、長年薬草を扱ってきたことを物語っていた。


「セラ婆か。ちょうど良いところじゃ」

村長――バルドが嬉しそうに声を掛ける。


老婆は俺を一瞥し、顎をしゃくった。

「ほう、こやつが例の流れ者か。ふむ、まだ青白いな」


有無を言わさず俺の脈を取り、額に掌を当てる。

その冷たい指先に思わず肩が震えた。


「まあ、まだ本調子じゃなかろうよ。だが丈夫そうな骨じゃ。養生さえすれば働けるようになる」


そう言い捨てると、腰の袋から小瓶を取り出し、茶色い液体を注いで差し出す。


「飲め」


「……いや、その、これは?」


「毒じゃ。試しに死んでみるか?」


「……冗談きついな」


渋々一口含んだ瞬間、強烈な苦味が舌を襲った。

思わず顔をしかめて咳き込む。


「うぷっ……これは……!」


「ふふっ……ごめんなさい。その、おばあ様のお薬は効くんです」


マリアが袖で口元を隠しながら笑う。

先ほどまでの緊張が解け、場の空気が一気に和んだ。


――なるほど。

この村は辺鄙で、外界との行き来も少ないだろう。

だがこうして役割分担がしっかりしている。

長老としての村長、村を支える孫娘、そして薬師。

俺にとっては初めての舞台だが、この人々の網の中に入り込む余地はある。


「……ありがとうございます。少し元気が出た気がします」


「口は達者なようじゃな。まあ、よかろう。無理は禁物ぞ」


セラ婆がそう言って腰を下ろすと、バルドが再び俺に向き直った。


「ソウタよ。わしらはおぬしに期待しておる。外から来た者が、この村に新しい血と風を運んでくれることを――」


言葉は穏やかだったが、その奥に込められた意味を俺は察していた。

閉ざされた村で生き延びるために、外から来た俺の存在は貴重だ。

ただの客人ではなく、未来を担う者として迎えようとしているのだ。


そしてマリアが、ほんの少し恥じらいながら言葉を継いだ。


「だから……ここに、定住していただけたら……と。私も、その……できる限り、お手伝いします」


俺は視線を逸らし、深く息を吐いた。

(やれやれ。詐欺師としては美味しい話だ。だが――どうにも胸の奥が落ち着かない)


広間に差し込む光は明るく、木々のざわめきが聞こえる。

アルディナ村の一日が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ