歓迎されてる
数日が経ち、ソウタの身体もようやく元気を取り戻しつつあった。
この夜は、村長の家に招かれ、夕食をご馳走になったあと、囲炉裏の前に座っている。
木造の小さな家。煤で黒ずんだ梁。干された薬草が天井から吊るされ、香りがほのかに漂っていた。
マリアと村長が向かい合うように座り、ソウタはその間に置かれるように腰を下ろしていた。
湯気を立てる土器の器が差し出される。
中身は、村で採れたハーブを煮出したものらしい。薬草特有のほろ苦さがあるが、不思議と身体の奥にすっと沁みていく。
「ソウタ殿」
村長が静かに切り出した。
「この村のことを、少しばかり知っていただこうと思っての。これから共に過ごすのであれば、隠しておくのも不誠実であろう」
ソウタは姿勢を正し、頷く。
「ええ、ぜひ。俺も、そろそろ気になっていたところです」
村長は白い髭を撫でながら言葉を続ける。
「アルディナ村は、街道から外れた谷にある。山と森に囲まれ、田畑と川に頼って暮らしておる。
外から人が訪れることは稀。交易も細々としたものじゃ。だからこそ、平和ではあるが……閉ざされた土地でもある」
ソウタは、目を細めて問い返した。
「閉ざされている、ですか」
「うむ。長らく同じ顔ぶれで暮らしてきたゆえ、皆が親戚同士のようなものじゃ。
だが……」
村長は少し言葉を区切り、囲炉裏の火を見つめる。
「血が濃くなりすぎれば、いずれは村の力そのものが弱ってしまう。これは避けねばならんことだ」
ソウタは言葉を失った。
その意味はすぐに理解できた。
都市の裏社会で生きてきた彼にとって、血筋や家系の重要性は、別の形で散々見てきたものだ。
閉じられた共同体の中では、やがて“行き詰まる”のだ。
ふと視線を横に向けると、マリアが両手で茶碗を抱え、恥ずかしそうにうつむいていた。
頬が、ほんのり赤い。
「……つまりですね」
マリアは、恐る恐る口を開いた。
「外から来てくれる人は、とても、大切にされるんです。……その……」
言いよどみ、唇をかんでしまう。
「マリア」
村長が助け船を出すように微笑んだ。
「要するに、旅人やよそ者は、この村に新しい命をもたらす存在。だから、歓迎されるのじゃよ」
マリアは、なおさら顔を真っ赤にして俯いた。
「そ、そんな……はっきり言わなくても……!」
ソウタは、その様子に苦笑した。
(なるほどな。俺がやたらと手厚く世話される理由は……そういうことか)
心の中で、小さく呟く。
(なあ、共犯者。俺、今この村で “超レアアイテム” 扱いされてんのか?)
『推定:正確です。貴殿は「外から来た新しい血」として、きわめて高い価値を持つ存在とされています』
(……おいおい、冗談じゃねえぞ)
頭を掻きながらも、ソウタは視線を二人に戻す。
マリアの真剣な眼差し。村長の穏やかだが切実な口ぶり。
打算だけではない、“この村で本当に必要とされている”という温かさも確かにそこにあった。
「……わかりました」
ソウタは静かに茶をすすり、吐息を洩らした。
「俺がここにいることが、村にとって意味を持つってことですね」
村長は満足げに頷き、マリアは胸をなでおろした。
その横顔を見ながら、ソウタは――
(悪くないかもしれねえな)
と、ほんの少しだけ思ってしまった。