アルディナ村
朝の空気は冷たく澄んでいた。
ソウタはマリアに連れられて、畑へと足を運ぶ。広大な畑一面に、陽を浴びた麦がそよそよと揺れていた。
「ソウタさん、これを持ってください」
マリアが木桶を渡してくる。ずっしりとした重みに、思わず腕が沈む。
だが村人たちは慣れた様子で作業を続けている。腰を曲げ、麦を刈り取り、籠へと放り込んでいく。
「……はは、詐欺師稼業じゃこんな重労働したことなかったな」
呟きながら、ソウタも真似をして手を動かす。
ぎこちない手つきに、近くの農夫が声を上げた。
「おいおい、旅人さん。そんな刈り方じゃ麦が泣いちまうぞ!」
そう言って笑いながら、農夫は刈り方を教えてくれる。
ソウタが言われた通りにやってみると、スッと麦が倒れた。
「おお……」
「そうそう、そうだ! なんだ、筋がいいじゃないか」
農夫の豪快な笑い声に、ソウタも思わず苦笑する。
――こんな風に笑い合ったのは、いつ以来だろう。
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昼。
ソウタは村の子どもたちに囲まれていた。
「ソウタ兄ちゃん、これ読んでみて!」
「こっちの字はなんて書くの?」
子どもたちが手にしていたのは、擦り切れた羊皮紙の本だった。
ソウタは覗き込み、思わず首を傾げる。文字は似ているが、微妙に形が違う。
(……なるほど、言葉は通じても文字はこの世界独自か)
だが、共犯者が耳元で囁く。
『解析完了。翻訳アルゴリズムに上書き可能です』
次の瞬間、ソウタの脳裏に「解読表」のようなものが浮かんだ。
子どもに教えると、ぱっと目が輝いた。
「すごい! ソウタ兄ちゃん、なんでも知ってるんだ!」
「……いや、大したことないさ」
照れ隠しに言いながらも、心の奥が少し熱くなる。
利用されるのではなく、誰かの役に立っている――その感覚が、じんわりと染み込んできた。
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夕方。
村の外れで、咳き込みながら座り込む老婆に出会った。
「大丈夫か?」
「……すまないねぇ、持病がなかなかよくならなくてね」
老婆の顔色は悪い。周りの村人たちも心配そうに見守っていたが、どうすることもできない様子だった。
『共犯者です。症状から推測するに、栄養不足および冷えの影響が大きいかと』
(なるほど……なら、即効性のある薬草でもあれば)
『近くの林に、該当する薬草を確認済みです』
ソウタは村人に頼み、林から草を摘んできてもらった。
それを煮出し、老婆に飲ませると、しばらくして顔色が和らぐ。
「……あら、不思議。胸の苦しさが軽くなったよ」
村人たちが一斉にどよめいた。
「旅の方、まるで医者のようじゃないか!」
「ソウタ殿に救われた……!」
口々に感謝の言葉が飛ぶ。老婆は涙ぐみ、震える手でソウタの手を握った。
「ありがとうねぇ。命の恩人だよ」
ソウタは何も言えなかった。ただ、握られた手の温かさに胸が詰まる。
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夜。
マリアと共に焚き火を囲んでいた。村人たちが次々と差し入れてくれた料理が並ぶ。
「ソウタさん、皆さんにすっかり気に入られましたね」
「……そうみたいだな」
マリアの微笑みは柔らかく、焚き火の赤に照らされてさらに温かい。
ソウタは胸の奥にあるざらつきを感じていた。
(俺は……何をしてるんだ? 利用するつもりでこの村に居座ったはずなのに)
共犯者の声が、耳の奥で響く。
『あなたの選択です。利用するのも、守るのも。どちらも可能でしょう』
「……俺は」
言いかけて、口を閉じた。
マリアがこちらを覗き込み、不思議そうに首を傾げている。
ソウタは微笑んでごまかし、焚き火の火を見つめた。
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その夜、村人たちは口々にこう言った。
「アルディナ村は、あなたを歓迎します」
ソウタは曖昧に笑いながらも、胸の奥で確かに何かが変わり始めているのを感じていた。