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定住に向けて

 村の広場に、ようやく静けさが戻った。

 昨日まであれほど険悪だった二人の農夫が、いまは互いに頭を掻きながらそっぽを向いている。ソウタが間に入って言葉を繋ぎ合わせただけなのに、積年のわだかまりがするりとほどけてしまった。


「やれやれ、助かったわい」


 年老いた長老が杖をつきながら進み出てきた。背は曲がっているが、濁りの少ない瞳にはまだ力が残っている。


「旅の方。あなたのおかげで、また村に笑い声が戻りました。――ようこそ、アルディナ村へ」


 その言葉と共に、周囲の空気が少しだけ柔らかくなる。

 小さな子どもたちが母親の影から顔を覗かせ、興味津々といった目でソウタを見つめていた。


(……アルディナ村、か。なるほど、いい響きだ)


 口の端が上がりそうになるのを必死で堪える。詐欺師時代の癖で、心の中では冷静に計算していた。

 信頼は、財宝よりも価値がある。人は、信じた相手に財布も命も預けてしまうものだから。


 だが今は――その言葉に、ほんの少し胸が温かくなったのも事実だった。



 長老が続けて口を開く。


「旅の者よ。粗末な村ではありますが、せめて礼をさせてください。どうか、滞在していってはいただけませんか」


 村人たちが次々とパンや果物を差し出してくる。

 粗末と言いながらも、焼き立ての黒パンからは香ばしい匂いが立ち上り、畑で穫れたばかりの林檎は赤々と輝いていた。


「わあ、すごい……!」


 マリアが目を輝かせる。彼女にとっても、村人がソウタを受け入れてくれることは嬉しいに違いない。


 ソウタは差し出された籠を受け取りながら、胸の奥に小さな戸惑いを覚えていた。

 ――感謝されるなんて、いつぶりだろう。

 詐欺師として生きていた頃は、相手の怒りや恨みの眼差ししか向けられなかった。だが今、目の前にあるのは純粋な好意と安堵の笑み。


「……ありがとう。助かる」


 そう答える声が、わずかに震えた。



 その夜。

 村の一角にある空き家を借り、ソウタとマリアは一緒に粗末な夕食を囲んでいた。


「ねえ、ソウタさん」

「なんだ」

「今日のあなた、すごく……かっこよかったです」


 マリアはそう言って、照れくさそうに笑った。

 彼女は本当に真っすぐだ。利用してやろうと思えば簡単にできる。――だが、心の奥で声が囁く。


(……本当にそれでいいのか?)


 食後、マリアが眠りについたあと、ソウタは一人で外に出た。

 星空の下、胸の奥に湧き上がる不安と喜びが交錯する。


ここで、また一からやり直す。そう、心に誓った。


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