後編
8月9日夜2
キャリーバックからキャンプ用のランタンを取り出して明かりをともす。入口から順に鍵が開いていないか確認していく。ようやくかぎの掛かっていない倉庫を見つけ、扉の前で呼吸を整える。力を入れて引くと鈍い軋む音を立ててゆっくりと動き出し、一人分空いたところでランタンで照らしてみる。中は意外にも広く全体としては依然暗いままだ。それでもふわりとシルエットが浮かび、ヒト型のものが宙に浮いているのがはっきりと分かった。思わずその場に崩れ落ち、扉に背を向け口をふさぐ。頭上では星がぽつぽつと輝き、真っ暗な宇宙の孤独を伝えてくる。遅いよと言って私の姿を待ちわびている紗季を私はどこかで期待していたんだ。私はしばらく体を丸め、息を殺して泣いた。誰かに見つからないように、変わり果てた紗季を見ないように。
涙が収まると這って倉庫の中に入り、扉を閉める。入ってすぐ横のスイッチを入れると蛍光灯が眩しい白色の光を放ち空間に満たされる。首元には跡がくっきりつき、顔はうつむいているように下のほうを見ていた。目が合わないように背後から近づいて抱きかかえロープを外そうとしてみるが、ロープがうごいてうまくいかない。一人では無理だ。
ポッケから携帯を取り出して遥に電話をかける
「もしもし、わるいんだけど雅史の電話番号教えてくれない?」
8月9日夜3
扉の開く音で目が覚める。扉の前には雅史が立っていた。立ち上がって招き入れるが、一向に入ってこない。
「とりあえずロープから降ろしてあげよ。このままだとかわいそうじゃん。」
呼びかけても返事をしないので手を引いてやる。
「じゃあ後ろから抱きかかえて、私がロープ外すから。」
背後まで連れていき抱きかかえさせると、雅史は顔をうずめて泣き出した。背中をさすって慰めてやる。こいつが使い物にならないと何もできない。朝になるまでに埋めたかった。
「じゃあせーのって言ったら持ち上げてね。わかった?」
雅史が無言で頷いたのを確認して合図を出す。緊張のとけたロープを顎から外し、慎重に横にすると黒色の髪が肩から流れ落ちて、スッと白い首筋に浮かぶほくろがあらわになる。私は包むように頬を支え、血の気の引いた唇に口付けた。
「これからどうするんだ。」
「もちろん埋めるよ。遺言通りに。」
「無茶だよ。ずっと見つからない場所なんてあるはずがない。」
「関係ないよ、紗季の最後の願いをかなえてあげるの。頭もって、車に積むから。」
「せーの。」
足を持ち上げ車まで後ろ歩きで進み、車までつくと後部座席のドアを開けて自分ごと乗り込み、雅史が押し込むのに合わせて体を引きずりいれた。雅史を助手席に乗せ、倉庫にあった現金はダッシュボードにしまい車をだす。
8月10日夜4
前日に雨が降ったせいか、ぬかるんで足がとられる。最低でも1メートルくらいの深さが欲しいが木の根っこがあったりしてなかなか作業が進まない。日の出まであと4時間ほどしかない。タイムリミットに対して進捗は絶望的だった。それから4時間、ひとことも交わすことなく無心で土を掘った。土のにおいに鼻が狂い、眠気で目が開かなくなり、腕が痙攣し使い物にならなくても腹を使って掘った。紗季を穴に入れ、土をかぶせる。紗季を苦しめた社会から解放することだと信じて歯を食いしばった。土に白い肌が汚れ、うじ虫が体を食い漁ろうと、私の紗季をほかの人間だけには渡したくなかった。
遺書2
雅史へ
私死ぬことにします。この町を抜け出せるほどに強くないって気づいたから。私の夢はあきらめる。でもあゆむちゃんは東京で一人で頑張ってるんだ。あゆむちゃんはずっと私と一緒にいてくれて、私に夢を授けてくれた。だから私もあゆむちゃんの夢を汚すことはしたくありません。いろいろ考えた結果、あゆむちゃんに私のことを埋めさせようと思うの。そうすればきっと私とうまくお別れできるはず。雅史くんも知っていると思うけどあゆむちゃんのお父さんとお母さんはあゆむちゃんを家に縛り付け、将来自分たちの都合のいい存在にするためにひどい虐待をしていました。それを乗り超えて東京で頑張ってるあゆむちゃんのために雅史くんも協力してあげて。今までありがとう。
平塚紗季
2027年8月10日昼
「皆さんありがとうございます。このお店も今日でオープンしてから一年を迎えることができました。」
オーナー!と呼ばれ私も壇上に立つ。
「人の夢を応援したかったんです。紗季ちゃんが頑張ったからこそ皆さんに来ていただけるお店になったんだと思います。皆さん盛大な拍手を!」
相羽紗季。一年間かけて探し、トリマー志望の学生だった彼女に資金提供をした。
「紗季、あなたの場所はここにあるよ。」
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