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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

できるならそれは神だ

作者: 北見晶

 ベタですが雨でホラーを書いてみました。


 バケツをひっくり返した激しさの雨は、容赦なく日野(ひの)あかりを打ちつけた。

 なぜ自分はこんなにも醜いのか。人形みたいな顔は表情筋が動かず、無理に浮かべると口許が引きつる。「気持ち悪いからやめろ」と言われてから、できなくなった。

 身体だってそう。どこもかしこも細すぎて、ミイラの中味だ。

 力ない笑い声が漏れる。今が雨でよかった。もし涙を流して泣いていても、わからなくてすむ。

 あかりは一人の男を思い出した。

 

 天見(あまみ)翔護(しょうご)-ー

 あかりの隣家に住む天見家長男。アイドル張りの容姿で成績は学年トップ、スポーツも万能で体育の授業ではクラスの女子を虜にする運動神経を見せつける。性格はフレンドリーで、誰とでも分け隔てなく接する。


 これだけ聞けば、彼氏にしたい男No.1になっても不思議ではない。

 

 しかしあかりは知っている。

 実態は生ゴミ以下の醜悪さだと。


 小さい頃からあかりは翔護に馬鹿にされてきた。読んでいた本を取られたり、すれ違いざまに「ブス」とののしられたり、せっかく父に買ってもらった髪留めを外されたり……

 両親に何度も言っても、笑い飛ばされた。男の子はそう、照れているだけ。


……そんな照れはいらない。


 今日、夕食を食べていたら父がとんでもないことを言った。

 明日は晴れるといいな。お前とお祭りにいくのを翔護くんは楽しみにしていたよ。


 直後、あかりは味噌汁の入っていたお椀を落とした。

 あれと!? あの人でなしと!?


 確かに明日は毎年恒例のお祭りが開かれる。去年は風邪を引いて行けなかったが、むしろあかりはその方がよかった。「バカでも風邪はひくんだな」と言われたが、それだけですんだならラッキーとガッツポーズをしたくなる。


 どうにか胃袋に食べ物を納めた少女は、外に出ていた。

 服は着ているが、瞬く間に濡れ、皮膚にぺったりとへばりついた。


 この雨、やんじゃうのかな……


 あかりには死活問題だ。一昨年翔護と仕方なく、本当に仕方なく祭りに行ったのだが、クラスの女子からは嫉妬をぶつけられたし、元凶からは粘着的に愚痴を言われた。

 あかりだって好きで人でなしと一緒に過ごしたわけではない。言ってやればよかったかも


-ー高校だって勝手に決めてさ……


 そう、あかりは翔護と離れたくてしかたなかった。なのに両親が勝手に彼と一緒の高校を受験するように命じたのだ。

 翔護だって嫌ならその達者な口を利用して、「こいつとは別の高校(ところ)にいきたいんですよ」を伝えればよかったのに。


 雨は勢いを潜め、あかりへの放射も穏やかになってきた。

 もしかしたら言い具合に体調を崩すかもしれない。大目玉を食らうかもしれないが、安いもんだ。

 

 自宅に着いたあかりは、服の裾を絞り-ー停止した。

 痩せぎすの自覚ある彼女だが、目に入った自らの腕は、異様な形態に成っていた。まるで雨水が削った風情で肉が落ち、無数の溝が刻まれている。肌は変わらないが、それが救いになるであろうか。


 それは足も同じだ。数多のなだらかなスリットに焦点が当たるが、よく見ると全体的に体積が減じられている。


-ーまさか……


「……ただいま」

 平常を装い、玄関から中に入る。


「もう、何やって……」

 大股でせわしなくやって来た母は、娘を拝むや絶句した。

「あ……あかり、よね……?」

 声がかすれている。

「そうだけど、どうかした?」

 口調とは裏腹に悟った。正視に絶えない外観に堕ちたのだと。


「あなたー! 来て-ー!」

「なんだなんだ?」

 酒を飲んでほろ酔い気分だと思われる、父の相槌が鼓膜を揺らす。


 父の反応も、母と似たり寄ったりであった。いや、酔いが覚めた分、こちらの方が大仰(おおぎょう)だったが。


 両親は居間に戻る。洗面所兼脱衣所に移動したあかりは身体を拭き、服を着替えた。脱いだ服と、雨を吸ったバスタオルは、一見して異変が見られない。しかるべき機関に送れば、何らかの分析結果が得られるやもしれないが。


 鏡に自分の顔を映し、諦念混じりの納得で肺の空気を出した。

 フォークを立てて滑らせたケーキの表面みたいに、生々しい痕が縦に走っている。眼窩はへこみ、頬も肉を失ってムンクの“叫び”さながら。


 不思議と涙は出なかった。

 あえて両親がいる居間に向かい、座布団に座る。

「……ねぇ、あかり、身体が痛いとか熱があるとかはないの?」

「ないよ」 

 母に訊かれ、短く応える。


「とりあえず、明日皮膚科に行くぞ。嫌かもしれないが、診てもらわないとだからな」

 父は決然と告げた。


「……それでなんとかなるようなら翔護とお祭りいかなけりゃいけないの?」

 絞り出す声音で、あかりは尋ねた。


 両親は虚を突かれた顔つきで、瞳に娘を捕らえる。


「わたしやだよ! 絶対ヤダ! 翔護の両親とうちの父さん母さんが仲いいの知ってるけどさあ! 無理なものは無理! ヤなものはヤなんだよ! ねえ! わたしこんな風になったことが翔護にバレて、今まで以上にバカにされるならこのまま外に出て溶けちゃった方がマシだよ! わたし翔護にバカにされて生きていたくないよ!」


 止まったはずの涙をこぼしながら、あかりは言葉を連ねていた。


 父母は何も言わない。


「おやすみなさい」

 それだけを言い捨てて、あかりは自室に行った。



 翌日も、朝から滝を呼んだ如し雨が濡らせる限り濡らしていた。あかりとしては、己を軽んじて翔護ばかり信じていた両親には忸怩(じくじ)たるものがあるが、自分みたいになってほしくない。


 だから医者まではバスに乗っていくつもりであったが、父母に説き伏せられ、父の車で行くことになった。


 当番医、待合室に患者はゼロ。

 スムーズに医者の診療を受けたところ、雨に当たりすぎたためという結果が出た。

 いかにも胡散臭いが、原因が天気の影響しか見当たらないのだから、そこを挙げるだろう。

 渡された軟膏はやけに重かった。


 薬を丁寧に、あかりは全身に塗っていく。自分で無理なところは母に手伝ってもらった。


「ごめんね、あかり」

 唐突に、母は詫びた。

「ちょっ……母さんがあやまることじゃないよ、これは。その……雨が変だったからこうなったんだし」

 慌ててあかりはしゃべる。母が責任を感じる理由はない。


「そうじゃなくて翔護くんのことよ。うちにはあかりがいて、あっちには翔護くんがいるから、二人が結婚したら素敵よね、って思っちゃったの」


 一瞬、吐きそうになったが、あかりはどうにかこらえた。


「でも、それは私たちのエゴでしかなかったのかもね。あかりがそうなったのは、この雨でストレスが爆発しちゃったのかもしれないし」

 ストレスが爆発。

「じゃあ、これは雨の成分でなったんじゃないってこと?」

 母の発言にはうなずけるが、水の(とばり)のなすがままにしていた娘としては、どうも腑に落ちない。


「とりあえず二、三日休んで様子見て、もし改善しなかったらまた考えましょう」

 親の忠言に、娘は従うことになった。


 あの薬が効いたのか、休んでいる内に肌はすっかり元に戻った。奇跡的に、高校に行かなかったのは一日だけで済んだのだ。

 奇しくもその日は最近珍しい晴れで、あかりの心を隅々まで照らした。


 あかりの両親は、翔護の両親に話したらしい。しばらく距離をおいて欲しいと。

 回りのやっかみにたえられないと表向きの理由を添えて。


 


 だが、またも雨は地上を支配する。

 あかりは念のため、傘と雨ガッパの完全防備で高校に向かった。慎重に水滴を落とし、タオルで制服や鞄などを拭いて、教室に入る。

 声をかけてくる者はいない。友達は皆無なので。


 朝の会で担任は告げた。翔護は休みだと。


-ー珍しいなぁ。


 隣からは特にないが、あったとしても父母がシャットアウトしてくれる。

 あかりにはその程度であったが、彼の友人は違ったようだ。いや、もしくはファンか。


「ねえ、日野さん。翔護くん何があったか知らない?」

「家を教えてほしいんだけど」

「何か聴いてない?」


 休み時間、数人の女子が入れ代わり立ち代わりあかりのもとを押しかけてきた。


-ー何をどう答えろと?


「知らない」

 そう返すのは簡単だが、彼女らは文句を言うに決まっている。 

 なので-ー


「わたしもわからないけど、おじさんたちに“今はそっとしてくれ”みたいなこと、父さんたちが言われたみたいなんだよね。だからわたしも詳しくは知らないんだ。もし何かあったら、RAINに送るだろうし」


 どうにかこうにかそれっぽいことを並べた。


 久しぶり、いや、初めてとも評して過言ではない日。もう少し続いてほしい。

 切にあかりは願う。


 そして-ー来ると思わなかった時が来た。


 夜-ー

 あかりは寝つけなかった。

 雫の多重奏はなおもやまない。

 耳栓を買っておけばよかったと思ったが、後の祭り。

 丸めたティッシュを突っ込もうかと考えたその時だ。


 玄関から、チャイムの音。

 目覚まし時計を見ると、午前0時。明らかに常識外れだ。

 どうしようかと考え、両親の寝床に向かう。

 

 父も母も起きていた。


 チャイムはまだ続いている。


「おい、あかり! 俺だ! 翔護だよ!」


 客人は声を発した。


 あかりは違和感を抱く。確かに翔護の音吐だが、普段とは違う。口に何か含んだ感じで、滑舌も曖昧だ。


 それ以前に、なんでこんな時間に来たのか?


 父はスマホで電話をかけていた。


「……お前は警察に電話しろ」

 母は言われた通りにする。


「……あかり、お前は押し入れに隠れろ。そこから天井裏に逃げ込め」

「え……?」

 一瞬、あかりは何を言われたか呑み込めなかった。


「早くしろ!」


「わ、わかったよ!」


 頭が働かないながらも、あかりは押し入れの上の段に登り、さらに天井裏に移動する。


 途端、外の旋律が一層激しさを増す。それはあかりの肌が溶けた日を思い起こさせた。 

 だが、今回は異なる点が。

 風まで吹き始めたのだ。


「お! おい! なんで風が吹くんだよ! おい! 開けてくれ! 俺がどうなってもいいのかよ!」


 転瞬、あかりの脳味噌は冷えた。

 今までやらかした翔護の所業が走馬灯さながらに甦って。


-ーこっちがどうなるかわからなくって、てめえはわたしをバカにしていたのか!? てめえにいじめられてわたしはすごくイヤだったんだよ! てめえがイケメンで頭よくって運動もできるから、何してもいいと思ってたのか! ふざけんじゃねえ! くたばれや!


 もし両親が下にいなければ、間違いなく外に出て、ビンタの一発二発、翔護に食らわしている。その域に達した情動が、鼓動を早めていた。


 猫の風情で身をひそめていたあかりであったが、しばらくして動きがあった。


 せわしなく聞こえてきたパトカーのサイレン。


-ー助かった……


 認識するや、あかりは意識を失った。



 あのあと-ー

 警察が来た頃には、翔護は彼の肉親に自宅に連れ帰られていたが、もちろんそれで済まなかった。

 もう少し正確に言うならば、予想外の結果に終わった。


 翔護が亡くなった-ー

 

 耳にした直後、ハテナマークが頭の中を乱舞した。なんでとしか言い様がなかったが、追加された話になお眉を寄せていた。


 あかりの両親が翔護の両親に、これからの付き合い方について話したときには、まだ翔護は大丈夫だったらしい。

 

 だが朝を迎えた彼の五体は、異常に襲われていた。

 なんでも、風呂につかりすぎたみたいに身体中がふやけ、さらに膨張していたそうだ。


 それだけでもショックだったらしいが、あかりがお見舞いに来なかったため精神が飽和状態になり、あのような暴挙に走ったらしい。


 傘を差していたが、風で水滴を浴びることになり、全身が溶け、両親の健闘むなしく、冥府に籍を置いたそうだ。


 葬儀は近親者で行われた。

 その頃にはあかりたち家族は引っ越しと転校を済ませていたが、翔護の両親も別天地に向かったらしい。


 事が事なので日野一家は寺でお祓いをしてもらった。

 そのあとは取り立てて事件はないが、時々思い出す。

 玄関前に残っていた白い小山を。さらに、点々と天見家に続く似たようなものを。



 一度、母に白状したことがある。

 翔護の発言で堪忍袋の緒が切れ、彼の死を望んだことを。


 すると、こう返ってきた。


「そう思っただけじゃ人は死なないわよ。それにそれは翔護くんにある意味失礼よ。翔護くんがどういう子か、覚えているでしょ?」


 あかりは口元を緩め、舌先で上顎を叩く。


「そうだね、わたしじゃ到底できないもの」


 何をやっても完璧男子を凡才女子じゃ殺せない。できるならそれは神だ。その方が翔護も幸せである。


 



 






 最後蛇足だったかもしれませんが、つい指が動きました。

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