~海を渡ったサムライたち~
開国
安政四年(1857年)秋。ようやく残暑も和らぎ、数日前まで一面に豊かな稲穂が揺れていたが、今ではすっかり刈り取られ、切り株が残された切り株が行儀よく並んでいた。
長崎に赴任した木村喜毅にとって、半年ぶりの江戸だった。老中・堀田に長崎伝習所の報告を終え、神田から日本橋を過ぎ、築地へと続くゆるやかな坂道を進みながら、岩瀬忠震の屋敷へと向かっていた。すでに陽射しはそれほど強くない季節だったが、首元にはうっすらと汗が滲んでいる。
すると、五間ほど先で、手拭を首に巻いた男が動かぬ荷車を何とか引こうともがいているのが目に入った。木村は男に近寄ると、
「そこの者、随分と難儀しているようだが、どうしたのだ?」
男は恐縮した様子で、
「へい、お武家様。こいつがどうにも動かねぇんで、困っておりやす」
どうやら、荷車の車輪が轍にはまってしまい、抜け出せずに苦労しているようだった。
「どれ、俺が後ろから押してやろう」
「と、とんでもねぇ! お武家様にそんなことをさせる訳にはいがねえです」
「何、構わぬ」
木村は荷台の後ろに回ると、
「それ、押すぞ」
男もぐっと力を込めて荷車を引く。すると、一気に車は轍を抜け、すうっと前へと進んだ。
「これは、お武家様、誠にどうもありがとうごぜいやした」
男は首に巻いていた手拭を手に持ち替え、深々と頭を下げた。
「困った時はお互い様よ」
木村はその場を離れ、また先を急いだ。後ろで男はいつまでもぺこぺこと頭を下げていた。




