エピローグ:痣が告げる名
季節が巡り、再び春の雨が降った朝。
セナは職業院の一角で、新入生に向けて詩を読んでいた。広々とした講堂には、様々な痣を持つ若者たち、そして数名の痣を持たない特別枠の学生たちが集まっていた。
その隣には、リュートを弾くミラ。いつものように、二人で"共鳴"を起こす。セナの言葉とミラの音が一体となり、講堂全体を優しく包み込んだ。
「言葉には力がある
音には心がある
それらが重なるとき
新しい世界が生まれる」
詩の朗読が終わると、学生たちから温かい拍手が起こった。彼らの目には、未来への希望と好奇心が輝いている。
「質問はありますか?」
セナが問いかけると、数名の学生が手を挙げた。その中の一人、痣を持たない特別枠の少年が選ばれた。
「詩って、本当に力になるんですか?」
少年の問いには、かつてのセナ自身の迷いが反映されているようだった。
セナは一拍、間を置いて答える。
「なるよ。届こうとする"声"は、きっと誰かの心を変える」
そう語る彼の胸に、朱色の痣が微かに輝いた。それはもはや運命の印ではなく、彼自身の選択の証となっていた。
「僕も…詩を書いてみたいです」
少年は恥ずかしそうに言った。
「書いてごらん。そして声に出してみるといい。きっと、誰かに届くから」
少年は嬉しそうに頷いた。
授業の後、セナとミラは中庭へと出た。春の陽光が、雨上がりの庭園を明るく照らしている。
「また新しい一年が始まるね」
ミラが言った。
「うん。新しい物語が始まる」
遠くの空を見ると、一羽の鳥が飛んでいるのが見えた。それはまるで、旅から戻るヴェイルを連想させた。彼も今頃、どこかで新たな詩を紡いでいることだろう。
「これからも、言葉を紡ぎ続けよう」
セナはミラに言った。
「うん。私たちの共鳴が、もっと多くの人に届くように」
ミラが答えた。
二人の前には、まだ見ぬ多くの物語が待っている。詩となり、音となり、多くの人々の心に届く物語が。
そして、その物語は再び誰かの物語となり、世界は少しずつ変わっていく。
セナは空を見上げた。雨上がりの青空には、虹がかかっていた。
「さあ、行こう。新しい詩を探しに」
彼らの物語は、まだ始まったばかり。痣を超え、選ばれた運命を超え、自らの言葉で綴る新たな物語が、ここから始まっていく。
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