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名残

 地面の下だというのに、綺麗に切り出された石が壁となっていて、外は過ごしやすい天候だったというのに、そこはひんやりと冷たかった。カツンカツンと足音が響いて、全身に鳥肌が立つ。

 その時、シンダーが脱いだジャケットを肩に掛けてきたため、「大丈夫」と返そうとしたが、実際囚人服である薄い素材のチュニックのようなものを着ているだけだったので甘えることにした。

「こんな場所、知らなかった」

「私も、本では読んだことないですね。」

 部屋の入口と思わしき場所にたどり着き、シンダーが段の一番下を踏んだ時、ガコンっと真ん中の石がまるで何かのスイッチのように沈んで、彼は後ろに飛び退きながら私を庇った。すると、上から鉄製の黒い柵が降りてきて、行く手を阻んだ。

「……まあ、言わずもがな、隠したい部屋なんだろうな」

  シンダーは持っていた剣で柵をバラバラにして入っていった。すると、壁から矢が飛び出して、彼は寸の所でそれを剣で払い落とし、振り子のように落ちてきた石を避けた。

「無事か?」

「はい、というより…シンさん、貴方だけが狙われてませんか?」

「は?」

 その時、ちょうど石の隙間から出た槍がシンダー目掛けて飛んできて、彼は苛立ったようにその隙間にカウンターで剣を差し込んで、奥からはバキッと何かが壊れるような音がした。

「じゃあとりあえず、仕掛けを全部壊せばいいか」

 さっきまでの少し柔らかい話し方とはうってかわり、作品終盤の黒王子よろしく強めで低い声色と雰囲気を出したかと思うと、出てくる罠を掻い潜り一つ一つを破壊していった。それを「主人公ぽいな」なんて思いながら階段に座り頬杖をついてみていると、しばらくしてその攻撃は止んだようだった。

「終わりましたか?」

「多分」

 言葉少なに状況を確認して部屋を見渡すと壁や天井にはいくつもヒビが入って、シンダーの周りには攻撃用のものがいくつも落ちていた。

「…どうして、何もしなかった?」

「心配していなかった、からですかね」

「ふぅん」

 変な質問だ、と思った。彼は多分私をちゃんと雨宮だと認識しているからこそさっきまでやたらと過保護に気を使っていたのだと思うし、私のような者がいても足でまといだったはずだ。だというのに少し含みのある言葉と表情で、それをイマイチしっかりと察することは出来なかった。

「…研究所みたいですね」

「そのようだな」

 書斎のように壁には本棚があり、びっちりと本が入っているが、あからさまに古く、また戸がついていて鍵までかかっていた。床にはチョークで書かれた魔法陣やら、机には本の山と、たくさんの資料、式、ありとあらゆる道具が散乱していた。

「魔術、だな」

「えっ、魔術ですか?」

「…まあ、君も知っているだろうが、アメデオは結局異端魔術の研究をしていたことが判明し、裁かれた訳だし、な。」

「それは、そうなんですが……」

 この世界には、魔力と聖力が存在している。そして人はそのどちらかの力を持っていると、もう一方は持つことが出来ず、普通に暮らしている分に問題が起こることは無いが、一方の力を持つともう一方は毒になり得る力となる。魔術、とはその魔力を用いて使う術だ。

(おかしい……)

 その違和感は自分が読者であった頃にも思っていたことであり、今こそそれを提示する時だと思った。

「あの、一つ良いですか?」

「どうした?」

「アメデオは確か、元聖職者の聖力属性でしたよね?」

「…そうだな」

「じゃあ、魔術の研究をしているのは、おかしくありませんか?」

「何故?」

「本来、魔力は聖力属性の人にとっては、毒だと…」

 「単行本だと1巻に書いてありました」という言葉は飲み込んだ。あまりにもメタがすぎる気がしたから。すると、シンダーは君の世界にはどれほど伝わっているかは分からないが、と前置きをした。

「そもそも、アメデオが僕を引き取る前に失脚し、国からこの片田舎へ追いやられるはめになっていたのも危険な魔術研究からだったんだ。」

「そうなんですが、そこじゃないですか?おかしいのは。アメデオにとって、魔術は彼の弱点でもあるって事じゃないですか?」

「聖力で浄化さえ出来ればそれは魔力を抑え込む力にもなるから脅威とも言えない場合もある。実際、僕もアンジェリケ姫に浄化して貰わないといけない時もあった。」

 確かに、魔力暴走の状態にあったシンダーをアンジェリケ姫が浄化し、正気に戻した出来事がヒロインレースに決着をつけたエピソードだった。でも、その時にいたアメデオにそれは出来なかった。つまり、アメデオの聖力、また浄化能力はアンジェリケほどは高くないということではないか、とも考えられた。まあ、アンジェリケはトップクラスなので、アメデオだって平均以上の可能性もあるが。

「でも、普通、自分が使える力の研究をするものじゃないですか?だから、なぜ、魔力を必要とする魔術なんかを…」

 そう尋ねながら、本を撫でた。その時、グッと胸が詰まる思いがした。

「…アメミヤ?」

 反論をしようとしたのか、険しい顔で考えるようにしていたシンダーが顔を上げこちらを見るなり、彼は驚いたように名前を呼んだ。

「何故泣いてる?」

 そう言われて初めて、涙が流れている事に気づいた。いや、ずっと違和感はあった。私が思ったこと、考えていることと、時折よく分からない感情が溢れること。まるで、私では無い気持ちが動くような瞬間があること。

「ごめん、君があまりにも淡々としてるから、平気だとばかり…違う環境にきて不安に思わない訳がないよね。少し休もう。」

(それは、ずっと、お前もそうだっただろう。)

 そう思ったとき、自分の中にまだアメデオがいるのだという確信があった。腑に落ちた、が近い気もする。もしかしたら、ただの名残や、欠片みたいなものかもしれないけれど。なればこそ、その人が見たもの、感じたことを知りたいとも思った。エクス神官の言っていたこと、私がここにいる摩訶不思議な出来事の意図かどうかは正しいことか、そんなことはわからないけれど「私」がそうしたかった。

「いえ、見ます。ここにいます。」

 多分、アメデオはここに居たかった訳じゃない。したかった訳じゃない。でも、やらなければならないと思っていた。 ここは冷たくて、寂しい。私だってそう思ったかもしれないけれど、ずっと一人でこの人は、この小さな部屋で、自分以外が誰もここに来ることがないようにと、不器用な拒絶を表していたのだろう。

「シンダー、どうしましょうか。私、あなたが聞きたいこと、聞きたくないことが、分からない。」

 アメデオ・ドラクロワの事を聞くこと、それは彼にとって辛いことかも、悲しいことかも、それとも、知らなくても良いことかもしれないとも思った。多分、アメデオは知らせる必要を感じていなかったし、知られたくもなかった。

「…聞くよ、全部」

 ここには、椅子もひとつしかない。そんな部屋だった。

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