目的
神殿、神殿と考えながら白い大理石で作られたそこの廊下を歩いていた。というのも、作中ではアンジェリケ姫が聖女としての職務を果たすときに来ていたところ、というぐらいと、その時に出てきた大神官エクス様ぐらいしか記憶が無かったからである。
それこそ、自分が憑依する形になってしまっているアメデオには以前はこの世界の神であるデウス神の神官であったという設定はあったものの、それ以外にはこれといったイメージはなかった。
(というか、たまに歯ぎしりをすることもあったな……)
前提として、これは誰も悪くないことではある。ありはするが、個人的に悔しかったのは前述している大神官エクスについてである。 というのも、彼は最終章でもある王国編まではほとんどモブであり、最終章においても何かありそうに出てきておいて全く何も無かったキャラクターだからである。
しかし、彼は人気キャラクターであり、最近のグッズのラインナップには必ずいる程だ。 ある人は言った、顔がいいからだ、と。
(私もエクス様は好きだったけどね…!一般神官時代の匂わせあったし、アメデオ様と関わりあるんじゃないかと期待もあったし。無かったけど。)
人気キャラクターがグッズになるのはわかる。しかし、人気がないからといって、ずっと出ていて、かつ、一番の敵であるアメデオを差し置いて入ってる事には違うんじゃないのか?と感じていた。入っていたとしても10種以上のトレーディングなどで、求めていない人から「げっ、コイツかよ」と言われる推しを想像しては哀れんでいた。
閑話休題。
とにかく、デウス神の神殿というとエクス様か、となるだけで何らかのアメデオの情報は望めなさそうだった。一応、この世界の神であるらしいので啓示やヒントがあるかもしれないとは思いながらも、過度な期待はしないようにしていた。
「アメデオ。」
長い白を基調とした壁が光を反射する廊下に、嫋やかでいてハッキリと通る男性の声が響いた。驚いているはずなのに、不思議と気持ちは凪いでいて、初めて聞く声だというのにそれが誰か分かった。
「エクス大神官」
横にいたシンダーが振り返りそう声に出した。エクスは挿絵通りの綺麗な顔で微笑んでから、ゆったりとこちらに向かって歩いてきた。
(思ったより大きいな)
シンダーに関しては、180をゆうに超す恵体というのは予想していたものの、エクスもそう変わらない上背があるとは知らなかった。さすが二次元キャラだ、と言いたいところだが、アメデオの目線は元の世界の自分と大して変わらず、不公平だな、と呟きそうになった。エクスがシンダーと反対側のアメデオの横に並んだ為に、自分はさながら囚われの宇宙人のようになっているだろう。事実、囚われの異世界人ではある。 大きな聖堂の扉の前につくと、控えていた人が扉を開いた。
「どうぞ。」
手で入堂を促すエクスに会釈をして中に入ると、エクスは2人から離れて正面にある玉座に座った。
「今日は、治療だけではないのでしょう?」
「お話が早くて助かります。」
この世界の宗教とは、神に近い機関だからということで、独立した権力をもっており、王家といえど同等、もしくは格上の態度で許されるというのは知っていた。だから、姫でありながらシンダーの婚約者であるアンジェリケも、聖力が使えるために聖女として度々神殿に奉仕活動に出ていた。
「エクス様もご存知のこの罪人、アメデオ・ドラクロワですが、本日…事故がありまして、様子がおかしいのです。貴方様なら何か知っていたりするかと。」
シンダーは状況説明をしながら、途中で言い淀んでいた。確かに、自死を図ろうとしたなどとは言いづらいのかもしれない、と状況を読みながら目をウロウロさせていると、どうやらずっと見つめていたらしいエクスと目が合った。
「まず、傷を治しましょう。こちらへ。」
彼が玉座から手を伸ばすと、シンダーは無言で私をそこへと促した。二の腕の当たりを掴まれながら、階段を登り、エクスのそばへ寄ると彼が触れた首元から温かくなり、痛みが和らいだ。
「…傷に関しては万能じゃない、無かったことにはなりません。とりあえず塞がった、とだけ。」
傷のあった場所に触れると、ミミズのように膨らんだ感触がして、ここまで、自分で傷をつけたのだとより強く感じていた。
「エクス様、まだ相談があります。」
「中身、のことかな」
その言葉に思わず自身も、シンダーも驚いて目を丸くした。相変わらず玉座の上のエクスは嫋やかな微笑みをたたえていた。
「別の者が入っているようだね。」
「それはどういう……」
「おそらく、何らかの事情で、魂と体のつながりが薄れた時に、さまよっていた魂がその器に入ってしまったんでしょう」
言いながらジッと首元を見られているのが分かり、居心地が悪くそこをさすった。そんなことなどお構い無しにシンダーは質問を続けた。
「それでは彼の…罪人アメデオの魂はどこへ」
「それだよね。」
すると、エクスは待ってましたと言わんばかりに、笑みをにーっと大きくした。
「正しい位置に収めるには、そこにあるべきものがないといけない。君だって、あるべきところに戻りたい、でしょう?」
トン、と肩に手を置かれて、思わず首を縦に振った。すると、エクスは綺麗な顔でふふ、と小さく笑って、それではこの中にあるべき魂を探さなければ、と話した。
「アメデオの魂を、ですか?」
「そうだね」
「それは、どこに?」
シンダーが尋ねると、エクスは口を開いた。
「それは、君の方が知っているのでは?」
静かに、でも確かに息を飲む音がした。物語でもそうだった。シンダーの人生にはアメデオという影がついてまわったと言っても過言ではない。
「エル」
「…はい」
シンダーをアメデオが呼んだ「灰かぶり」などという呼び名で呼ばなかった。それは大神官としての命令だと言わんばかりに威厳のある声だった。
「君はアメデオを憎んでいるね。」
思わず息を飲んだ。喉の奥がグウっと音を立てた。憎んでる。シンダーはアメデオを憎んでいるのだということが事実であることに言いようのない気持ちが湧き上がった。知っていたはずなのに、どこかで彼等が憎悪以上の繋がりがあるかもしれないと思いたかったことがあった。SNSで、バカにはされたけれど。だから、多分、悲しいと感じたのだ。
「…私は、罪人である人は、罰せられるべきだと思っています。だからこそ、この人が記憶を無くした、もしくは新しい人格で逃避した、ということでないのならば、アメデオ本人が償うべきだと思っています。」
シンダーは、眉間にグッと皺を寄せて腹の底から声を出していた。それから彼は、見つけ出せば良いのですね?とエクスに確認をしていた。彼は肯定の意なのか、微笑みを返した。
「あの…じゃあ、私は、アメデオを体に戻したら、元の世界に帰れるんですか?」
「そうしたいのであれば、ね。」
それからエクスはおもむろに、丁寧に言葉を発した。
「君は知りたくはないかい?誰が、アメデオを、殺したのか。」
「そんなの…」
ハッとした。思わず小さく呟いてしまった。シンダーも、自身も、状況的証拠から彼が自死を選んだことを知っている。そして、含みのある笑みを浮かべているエクスもまた、おそらく知っている。 でも、多分、だからこそ彼は質問したのだろう。誰が、何が、どうして、彼をそのような決断に追い込んだのか。絶望、プライド、そういったものも、何となくしっくりと来なかった。 物語の後の世界だ。結末は変わらない。それでも、何か知るべきことがあるのかもしれない、と思った。
「知りたいです。」
「じゃあ、私の話を聞いてくれる?」
まるで、友人のように語りかけるのだな、と考えながら、私はエクスに「はい」と言葉を返した。