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数多の問題

 整理をしなければいけないことが、幾つかある。

①ここはどこ?

 A.おそらく、 『灰かぶり魔法使いは何者なのか?』という物語の世界

②目の前の人は誰?

 A.間違いようのない泣きぼくろの主人公「シンダー=エル」

③自分は誰?

 A.状況から推測するに悪役の「アメデオ・ドラクロワ」

④今は、いつ?

 そう、問題はそこなのだ。オタクたるもの、異世界、特に自分の好きな作品の世界に入ることなんて憧れ中の憧れである。その為、ここにいることは手放しで喜ぶに値することであるとも言えるし、悪役令嬢ものやらなんとやら、いわゆる主人公の「敵」側になってしまうものも読んでシュミレーションを重ねてきたつもりだった、が。

 まず今はどう考えても石造りの地下牢である。それから絞るに、作中でアメデオが投獄されている描写があった場面とすると、2つある。

 それは少し過去が匂わされた描写の「大罪を犯し城を追放された」という物語のスタートの前の話で、願うのなら、その時点が良かった。

「…何を考えている?」

 必死で状況を飲み込もうとしている私に投げかけられる声があった。そうだ、問2において回答であった「シンダー=エル」である。そう、問題はこの男なのである。

 この物語とは、シンダーが生まれて物心がついてから始まっており、過去編となると更にその前な訳で、どう解釈したとしても目の前の建国顔も甚だしい完成された美青年がいる時点でその可能性は消え失せているのである。

 と、なると、だ。今、とは。

(最終回か、その後か、だ。)

 終わった、と思った。少し前に思った「主人公と姫の婚約というハッピーエンドの裏のちょっとの1文で説明された、地下牢獄で死を待つのみになって終わった」推し、であり、今がまさにそれなのだ。

え?今からでも入れる保険があるんですか!?ありません。

 やり直しも何も、そもそもがもう断罪も終わりで、挽回のしようもない。それに、物語を読むに彼の弁明もなく、真相も伏線もクソもなく、普通に裁かれた。それ以上でもそれ以下でもないし、そういう悪であるのならば裁かれるべきだと思う。

 それにずっと虐げられて、苦労してきた主人公が確かな地位と力を得て、幸せに誰かと結ばれるというならば、そのハッピーエンドを阻害するつもりなど、作品のファンとしてさらさらないからである。

(じゃあ、やることってないじゃん)

「おい!」

「いたっ…」

 悶々と考え込んでいると、栞を掴んでいた手首がギュッと強い力で握られた。その痛みに顔を歪めて前を見ると、先程よりも深く眉間に皺を刻んだシンダーがこちらを見ていた。喉の痛みに声を震わせながら「離してください」と言うと、眉毛をピクリ、と動かしてから、「お前から離せ」と彼は言った。

「…?私からは掴んでませんが」

「そういう事じゃない、握っているものを離せ」

「え?栞を?嫌です。」

 何故そう頑なに返したのか、自分でも分からなかった。ただ、それを心底離したくなかった。しかし、その私から出た言葉を聞いて、シンダーは烈火のごとく怒りだした。

「お前はこの期に及んでまだ自ら命を絶とうと!?」

 その言葉にハッとした。そんな気は、しなかった訳ではなかったが飲み込めてはいなかった。けれど、状況的にそうでしか無かった。血のついた鉄製の栞、首に傷、握りしめているのは自分自身。 アメデオ・ドラクロワは、死のうとした。 周りでは「治癒が完璧ではありませんので」と止める声がして、それに反応してか、シンダーの手が少し緩んだ。

「死のうとは、しませんから」

 普通に怖いし、どうなるか分からないし。そう言うのはあまりにもキャラぶれしそうだから言わなかったが、そう考えてから、アメデオはシンダーに敬語を使わなかったことを思い出した。彼が怪訝そうにしていたのはそのためだろう。

「…それは預からせてもらう。そもそも、何かを持ち込むことは禁じていたはずだ。」

 確かに、それもそうだ、と思って栞を彼に差し出した。しかし、どうしてだかギュッとそれを握っていた為に、シンダーは余計に不機嫌になりながら私の手からそれをひったくった。

「あっ…」

 了解したはずなのに、無性に心細くなって、小さく声が漏れた。それは目の前の男にだけは聞こえていたらしく、彼はわざとらしく舌打ちをした。 多分、今何か行動を起こさなければ、とは思う。でなければこの地下牢獄でそのままかもしれない。どうしてこうなったのかも分からなければ、この時点なんてもはや全てが手遅れでしかないと思うが、きっとこの世界を出る手段は何かを達成する事のような気がした。何故なら、セオリーではこういうものは「そう」だと決まっているからである。

「待って!」

「…何だ」

「あっ……えっと……少し、話をさせて欲しい。」

 そう切り出すと、周りにいた衛兵や牢番たちからワッと咎める声があがった。「調子にのるな」「王太子に何の用だ」「無礼者」口々の罵倒など聞いてられるか、とその声を無視して、長い彼のマントの裾を握った。咄嗟に四つん這いになって動いた為に、冷たい石に打ち付けた膝の痛みを感じる。

「…お前たち、外に出ろ」

 シンダーがそう告げると、騒がしかった部下たちが水を打ったように静まり返り、一気に牢の中に2人きりになった。そうなったらそうなったで、居た堪れないほどの緊張を感じて、目を泳がせた瞬間のことだった。

「うぐっ…!!」

  一瞬何が起こったのか、理解が出来なかった。息が詰まって、必死で酸素を取り込もうと獣のように息を荒らげながら状況を理解する。シンダーが強く、首を掴んで締め上げていた。まだ塞がりきっていない傷に彼の親指がくい込んで熱を持つ痛さと、恐怖からの冷や汗で感情も表情も、全てがぐちゃぐちゃで目からは涙が零れ出していた。

「お前は、誰だ?」

  察されていたのか、と驚きながらも言葉にならなくて、金魚のようにはくはくと口だけが動いていた。

「俺に敬語など使わない。敬いもしない。縋るような目も、弱々しい悲しみなんて浮かべたりしないんだ。ましてや、跪くぐらいなら、それこそ死んだ方がマシだ、と思っているだろうよ。アメデオ・ドラクロワなら。」

 ああ、よく知っているものだ、と思った。私がよく知るアメデオもそうだったからだ。幼少期から養育され、自分の人生の最後まで立ちはだかられたシンダーならより、私よりも、それを身をもって知っているのだろう。

(だから、受け入れ難い怒りを感じているのかもしれない。でもきっとその怒りは、今の私のアメデオらしくない行動だけではない、はず。)

 アメデオは自死を選んだ。 シンダーは彼を殺さなければ、処刑すらも取り下げさせた。優しい主人公の慈悲だと他の読者が言っていたけれど、私はそのシンダーの意図が最後まで理解出来なかった。けれど、ちゃんと理由があったのなら、そのアメデオの選択にも怒りを感じていたのかもしれない。

 しかし、このままだと流石に本当に死んでしまうかもしれない。グッと眉間に皺を寄せながら、クビを掴む彼の腕を必死で叩くと、彼もハッとしてバツが悪そうに下ろした。

「ゲホッ…ゲェッ…!」

 床に手を付きながら嘔吐くと、頭上からは弱々しい声が降りてきた。どうして、と。

「私も…知りたいです」

 それに反応して赤い目が芯を持ったようにこちらを見つめた。それに真摯に応えるように真っ直ぐに見つめ返した。やっと声が届くような気がしたし、それが自分を元の世界に返すものかどうかも関係がなかった。

「アメデオが、どうして、死を選んだのか。」

 この世界は、もう作者の手も、読者の目も離れているのかもしれない。

 それでも、その後の世で、私が「推し」た人がどう思って、どうしようとしたのか。例え架空のキャラクターだったとしても、それを無視できるほどその人を愛していない訳ではなかった。

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