①Eilidh ―エイリッド― ⑷
父が今回エイリッドのために持ち帰ったのは、意外なことに家具だった。
女性が好んだと思われる可愛らしいサイズのテーブルだ。
黒檀に大理石を嵌め込んである。使い込まれた艶、雷文の彫刻、なんとも美しいアンティークで、エイリッドはひと目見るなりとても気に入った。
引き出しがいくつもあって小物を入れることもできる。
「なんて素敵なの! ありがとうございます、お父様!」
これを受け取った時だけ、エイリッドは父に心から感謝して笑顔を向けた。
そのせいなのか、父はエイリッドが大東国にひどくかぶれていることに気づいておらず、ただ綺麗なものを与えておけば喜ぶ単純な娘だと思っているらしかった。
満足そうにうなずいている。
「ああ、よい品だから大事にしなさい」
「はい、もちろんです!」
エイリッドは上機嫌でこのテーブルを部屋に運ばせた。
エイリッドの部屋はよく言えば異国情緒溢れており、悪く言うならば調和が取れていなかった。
それでも自分が好きなものを集めた結果なので、気に入っているし落ち着く。
そこに新たに加わったテーブル。
ここに大東国の茶器を並べてティータイムをしようかとも思ったが、うっかり茶を零して汚したくない。それよりは小物入れのように引き出しに物を入れて飾っておいた方がいいだろうか。
エイリッドはテーブルの引き出しをいくつか引っ張り出してみた。
古臭い木の匂いがして、この机が大東国で作られたことを思うとそんな匂いも喜ばしい。すべての引き出しを開けて中に何を入れようかと考えた。
引き出しの中をなんとなく撫で、それから引き出しがどこまで引き出せるのか試してみた。すべての引き出しは完全に外れないようになっているかに見えたが、一ヶ所、右上の引き出しだけはスポンと抜けた。
別にだからといってこのテーブルが気に入らないわけではない。エイリッドは引き出しを元通り入れ直そうとしたのだが、抜けた引き出しの下にほんの少しの平たいスペースがあることに気づいた。
本来であれば特に気にしないのだが、そこには紙に包まれた何かが入れられていたのだ。まるで隠すように入れられているから、エイリッドは無性にうれしくなった。
「何かしら、これ」
フフフ、と笑いが込み上げてくる。包んである油紙をわくわくしながら開いた。
すると、そこには紐で閉じた相当に古いと思われる書物が入っていたのである。
それは汚れてさえいなければ綺麗な翡翠色であったのだろうと思われた。厚みはあまりなく、だからこそこんな隙間に入れても誰も気づかなかったのだろう。
表紙には何も書かれていないけれど、このテーブルの持ち主の日記か何かかもしれない。パラパラと捲ると、女性の手によって書かれたと思われる繊細な文字が並んでいた。
エイリッドはこの発見で有頂天になった。
「なんて素晴らしいお土産かしら」
テーブル以上に、エイリッドはこの書物に対して期待をいっぱいに膨らませていた。一体何が書かれているのだろう。
ひとつ息をつき、最初の一ページ目に目を通した。
そこに書かれている文字は大東語ではあるが、思った以上に古いらしい。これまで手に取ってきた本よりも難解で、知らない文字も多いかもしれない。
逸る気持ちを抑えながら、エイリッドは引き出しを元に戻すことも忘れ、床に座ったままで読み始めた。
“ 私が筆を取り、これまでの出来事を記そうと思い立ちましたのは、この記録がいつか誰かの役に立つと信ずるが故のことです。
もしこの書を手にする方がございましたら、これをただの物語、書き物とお判じになりませんように。
この書を、あなた様の心の片隅に残しておいて頂けることを願います。
それこそがあなた様の御身のためとなるかもしれません。
どうか、そのことをお忘れなく、慎重に繙いてくださいませ。
大東国 景王朝第三///// ”
最初のページの文章の最後が滲んでいて読めなかった。
ここには多分、この書物の書き手の身分と名があったのではないかと推測される。
消したのは書いた本人だろうか。それとも他人か。今となってはわからない。
「景って、確か今から三百年近く前に滅んだ王朝じゃない」
エイリッドは思わず独り言つ。
その景王朝第三代皇帝――ではない。この手は女性によるもので、景代に女帝はいないのだ。
それならば、皇后だろうか。皇妃だろうか。もしくは、公主か。
滅んだ王朝である以上、その血統が生き残ったとは考えにくい。ここはまた図書館で調べてみよう。
後宮にいた皇帝の妃妾であると考えるのが一番しっくりくる気がした。
それもこの先を読めばはっきりする。エイリッドは大仰な書き出しから始まるこの書を期待を込めて捲った。
この時はまだ、ただ楽しいとしか思っていなかったのだ。