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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⓬雪月 834年?月?日~

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49/53

⓬雪月―セツゲツ―⑴

「さすがは皇帝陛下と申し上げたいところですが、私はあなた様方の敵ではございません」


 (ちょう)康妃は小さく嘆息し、煌めく目を伏せました。

 よく見ると、凋康妃は虎の皮を腰に巻きつけておりました。


「お前は何者なのだ?」


 陛下は警戒しながらも問いかけられました。

 すると、凋康妃は観念したのか堂々と正体を告げたのです。


「私は純粋な人ではございません。人虎と呼ばれる人に化けることができる虎にございます。けれど私は、人を害するためにここへ来たわけではございません」

「何故、後宮にいる?」

「私の一族は狩られたのです。幼かった私だけが逃れ、生き(なが)らえました。だからこそ私は安寧を求め、命を繋ぐことだけを考えて生きておりました。後宮は雨風を凌げ、十分な食にありつけます。勝手なことをとお思いかもしれませんが、私は命を脅かされず、ただ静かに暮らしていたかっただけなのです」


 凋康妃が語る話は嘘偽りではないのだと、少なくとも私はそう思えました。凋康妃には、陛下に憑いていたあの虎のような禍々しさは感じ取れません。

 以前も穏やかに優しく語りかけてくれました。


「正直に話してくださってありがとうございます。けれど今は一刻を争う時。ここで長話をしているわけには参りません。さあ、共に後宮から抜け出しましょう」


 私がこれを言うと、陛下は驚かれたご様子でした。


「この者を信ずると言うのか?」

「はい。人であっても悪意を持つ者は多くおります。ですから、人でないとしても心根の清い者もいるはずです」


 陛下は怪異に苦しめられてこられたので、容易く受け入れることがおできにはならなかったのかもしれません。

 けれど、私が言い出したことを撥ね除けずに呑み込んでくださいました。


「雪月がそう申すのならば信じるとしよう」


 静かにそう告げられました。

 凋康妃――白瑚(はくこ)は、ほっと息をついて私に穏やかな微笑を向けました。


「では、私がお二方を後宮の外へお連れ致しましょう」


 そう言うなり、白瑚は再び虎皮を身に纏い、それは見事な虎へと姿を変えたのです。


 あの陛下に憑りついた虎の目はおぞましいと感じたのに、白瑚の目は同じ金色でも美しいと思えました。その目が何を言わんとするのかを私はすぐに察しました。


「さあ陛下」

「うむ」


 白瑚はうなずくような仕草を見せ、陛下のお手を借りて私は陛下と白瑚の背に乗りました。


 しなやかな背は、白瑚が駆け出すとひどく揺れました。それでも、振り落とされないように陛下がしっかりと私の体を繋ぎ止めていてくださいました。


 虎の四肢は驚くほどに強靭で、私たちを乗せているというのに後ろ足のひと蹴りで木に登り、また跳躍すれば角楼へ、そして気づけば人では到底越えられない高い塀の瓦に下り立っているのです。


 下の方で兵たちが騒いでおりました。矢を(つが)え、引き絞りますが、それが射られる前に白瑚は塀の向こう側に下りているのです。


 故宮の周囲は堀に囲まれております。塀を飛び越えるだけではいけません。

 けれど、白瑚はしっかりと堀に架かる石橋の上に着地しました。

 それから、神武門か午門から駆け抜けるしかありませんでした。白瑚が選んだのは午門でした。


 軽やかに、風を切って駆け抜けます。誰も追いつける者などおりません。

 人々は虎の姿に驚き、逃げ惑い、虎の背に乗る二人の顔までは見ておらぬのでしょう。


「虎だっ。虎が出たぞっ」


 誰もが恐れる猛々しい獣です。

 けれど、その姿は同時にひどく神々しくもあったのです。


「背に貴人を乗せている。あの虎は神虎か?」


 邪悪か神聖か。

 どちらとも判別できない大きな力に、人々はただ触れてはならぬと後ずさるのみです。


 誰も白瑚を止められる者などおりませんでした。

 私と陛下は、寝食も惜しんで千里を駆けてくれた白瑚によって凶手から逃れることができたのです。

 

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