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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑫Eilidh 1132年10月11日

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⑫Eilidh ―エイリッド― ⑵

 死はそれほど苦しくなかった。

 気を失った隙に呆気なく仕留められたのだろう。


 ここは暗い。

 図書館に行ってばかりで教会へはたまにしか足を運ばなかったエイリッドだから、天国には行けなかったのだろうか。


 ――そう思ったのだが、何かが変だ。

 手足が動かないし、顔が痛い。痛いということはまだ生きている――らしい。


 声が上手く出ないと思ったら、猿轡を噛まされていた。そのせいで顔が痛いのだ。手も足も縛られているから動かない。


 なんなのだろう、この状況は。

 エイリッドは虎に殺されるのだとばかり思っていたのに、拉致されている。虎の目を見た気がしたのだけれど、あれは恐怖心が見せたものだったのだろうか。


 だとするのなら、エイリッドを捕まえたのは誰だ。

 この時、エイリッドが転がされている暗い部屋の窓が割れた。


「っ!」


 どうにか首をそちらに向けると、しなやかな肢体をした虎が部屋に飛び込んできた後だった。

 今度こそ殺される。エイリッドは叫びにならないくぐもった声を上げるしかなかった。


 生きている以上、いつか死ぬとしても、こんな死に方は嫌だ。ミセス・レノックスたちもそう思っていただろうけれど。


 意識が遠のきそうになる中、虎は溶けるように形を変えていく。

 その後から現れたのは、虎の毛皮を纏ったマルヴィナだった。


 やはり、マルヴィナが虎だったのだ。信じがたいけれど、目で見た以上はそれが真実だ。

 けれど、マルヴィナはむしろほっとしたような優しい表情を浮かべていた。


「あなたが無事でよかったわ」


 ――これは一体どういうことなのだ。


 マルヴィナがエイリッドを捕らえたのではないのか。わからない。

 もし違うのだとしたら、虎は別にいるということなのか。


 そこで雪月の書の後半部分を思い出す。

 皇帝に憑いていた虎は宦官の(ばん)が命を賭けて抱え込んで消えた。それなのに、皇帝の妃の一人が虎であるという展開だった。纏足で踵がないことをごまかそうとしていたと。


 雪月たちのところにも虎は複数、少なくとも二匹いたと考えられるのか。その虎たちは仲間同士ではないのかもしれない。


 マルヴィナの手が伸びてきて、エイリッドは思わず目を瞑って身を固くしてしまった。それでも、マルヴィナはエイリッドの束縛を解いてくれた。


 まず、何から訊ねたらいいのだろう。口を利けずにいるエイリッドに、マルヴィナは困ったような表情を見せた。


「ごめんなさい、説明は後にさせて。ランドルが危ないの」

「えっ?」

「彼はずっと狙われていて」

「だ、誰にですか?」

「海を渡ってやってきた過去の亡霊」


 亡霊と。


「それは虎ですか? ミセス・レノックスたちを殺した……」

「そうよ。そいつがあなたを隠したから、ランドルは取引をしなくてはならなくなったの。だから、あなたを助けないといけなくて、もう時間がないから仕方なくこんな格好で来たの。さあ、急いでここから逃げましょう」


 説明は後だと言う。

 ――信じてもいいものだろうか。彼女は異形の虎人だ。


「サイラスならまだしも、どうしてランドルがわたしを盾にされて困るのでしょう? 私たちは他人……です」


 サイラスと違い、友達だとは言えない。

 それでも、ランドルは自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だと思うのだろうか。


「あなたが思う以上に、ランドルはあなたに感謝しているの。……私の首にしっかり腕を回してつかまって。行くわよ」


 ランドルがエイリッドに感謝していると言う。

 サイラスが死ぬ原因となったエイリッドを恨んでいるのではないのか。


 考えてもわからないことは当人から尋ねるしかない。ここで会えなかったら、きっともう二度と会えないから。


 毛皮を纏い、マルヴィナの体は再び虎に変化する。躍動感のある筋肉と滑らかな毛皮を持つ、美しい体だ。


 エイリッドはマルヴィナの首に後ろから腕を回し、力を込めて抱きついた。

 虎となったマルヴィナはエイリッドの重みなどまるで感じていないかのように、破った窓に向けて跳躍する。積んである木箱を踏み台に飛び上がると、外へと足音もなく着地した。


 ここはどこなのだかもわからない。緑が多く、公園のようだった。

 エイリッドをここへ隠したのなら、虎憑きは近くにいるのだろうか。


 けれど、虎憑きとどう戦えばいいのかわからない。宦官の万が取ったようなやり方は無理だ。マルヴィナはどうするつもりなのだろう。


 エイリッドが自分の足で立てるところへ来ると、いつの間にかマルヴィナはまた人間の姿に戻っていた。


「ランドルは自分が虎の気を引くから、その隙にあなたを逃がしてくれと言ったの。でも、あなたを送り届けていたのではランドルは助からないわ。怖いかもしれないけど、つき合ってくれる? あなたのことは護るから」


 これから殺人を繰り返した虎と対峙するのだ。恐ろしくないわけがないけれど、エイリッドはランドルを助けたいと思った。

 図書館で垣間見た、あの傷ついた悲しそうな目は、サイラスではない。

 あれはランドルの傷だ。


「わたしなら大丈夫です。行きましょう」

「ありがとう。この近くにいるの」


 エイリッドは覚悟を決めてうなずき、マルヴィナと共に駆け出した。

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