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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑫Eilidh 1132年10月11日

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45/53

⑫Eilidh ―エイリッド― ⑴

 とても重要なところに差しかかる。


 けれど、疲れた。眠い。

 大東語の文字が頭に入ってこない。まぶたが下りてくる。


 精神的な疲労が続いたのだから、自分で思っていた以上に体が限界を告げている。

 エイリッドは、本を開いたままで眠ってしまった――。




 そして、朝。

 メイドに起こされるよりも先に目が覚めた。


「う……」


 自分の呻き声に驚いてエイリッドは完全に覚醒する。

 寝る前に枕元にあった雪月の書を手で探るけれど、一向に手に当たらない。寝相が悪くてベッドの下に落としてしまったのだろうかと思い、起き上って探すけれどやはりない。


 裸足のまま床に這いつくばって探す。それでもやはり見当たらない。

 昨日、寝ぼけながら片づけたような気もしてきて、机のいつもの場所を探ってみたのにそこにもなかった。


「どういうこと……?」


 思わず、愕然とつぶやいていた。

 そのまま床の上にへたり込んだけれど、わからない。


 最初からそんな書物はなくて、エイリッドが夢を見ていただけなのだろうか。そんなふうに考えてしまうほど、あの書の存在は不思議なものだった。

 それなら、こちらの世界で起こっていることもまた夢なのか。


 ――なんて、そんなはずはない。

 エイリッドは確かにサイラス――ではなく、ランドルに会った。

 そして、フォレット横丁に出向き、マルヴィナと知り合った。


 マルヴィナ。

 大東国風の女性。

 虎の、毛皮。


 まさかと思う。けれど、雪月の書にあったのだ。女性の虎がいたと。

 こちらで起こっている事件の犯人も虎だとするのなら、それが女性ではないとは言えない。


 マルヴィナは虎なのだ。ランドルの行く先々で事件が起こっているのは、マルヴィナがランドルと知り合いだからなのか。

 それならば、虎の一番の狙いはランドルだとも考えられる。


 虎帝は、自分に憑りついていた虎は元々人間だったというようなことを言っていた。

 強い恨みがその人を虎にしたと。

 虎が一匹だったとは限らない。今になってその可能性が浮上してきたのだ。


 話の続きを読まなくてはならないのに、あの本がない。

 エイリッドは絶望して涙を零した。失くすはずがないのに、見当たらない。


 あの書にはやはり都合の悪いことが書かれていて、忍び込んできた虎がエイリッドから盗んだのか。

 こんなことなら雪月の書のことをマルヴィナに漏らすのではなかった。


 このまま見つかるまで探せば、もしかすると家の中にあるのかもしれない。けれどその時間は残されているのだろうか。

 ランドルはこれからどうなるのだろう。


 今のエイリッドに何ができるとも思わないけれど、フォレット横丁のマルヴィナの店に行かなくてはという気になった。

 恐ろしくても、そうすることでしかランドルに会えない。


 急ぎ、支度を調える。サイラスの死すら知らなかったエイリッドだから、ランドルはどうか間に合ってほしいと祈りながら。




 エイリッドは、隠してある自転車に飛び乗った。

 このところ食事も睡眠も十分とはいえず、漕ぐ体力も足りてはいない。


 少し漕いだだけでスピードが落ちた。

 それでも、行かなくては。一生懸命に漕いだ。


 ――彼はサイラスではない。はっきりと別人だと、もうそれはわかっている。

 それでも、サイラスは天国から弟を見守っていて、早々にこちらに来ることを望んではいないだろう。


 エイリッドも、サイラスの分までランドルには生きてほしかった。

 今頃、彼がもし虎に憑かれているとしたら、あの宦官の(ばん)のような手を使わなくては救えないのだろうか。


 そうだとしたら、一体どうすれば――。


 頭が破裂しそうなほど、エイリッドは悩んだ。

 そんな時、自転車を漕ぐエイリッドの腕が強く引かれた。ものすごい力で、体が浮いた。


 横を通りかかった茂みの中に引っ張りこまれ、視界が暗くなる。

 そんな中、あの金色の目が光った。


 ヒッ、と声を上げた次の瞬間には、エイリッドは恐怖で意識を失っていた。

 エイリッドはオーダムセット州には縁もゆかりもないけれど、虎について知りすぎた。邪魔な存在は消しておこうと思われてしまったのだ。


 死がすぐそこに迫った時、天国のサイラスはエイリッドとの再会をどう思うだろうかということだけが気になった。早すぎると悲しんでくれるのか、それとも、遅かったと待っているのだろうか――。


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