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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
➓雪月 834年?月?日~

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39/53

➓雪月 ―セツゲツ― ⑵

 (ちょう)康妃の(へや)から戻り、私はどうにかしてまた(ばん)に会わねばと考えましたが、こう何度も金児を呼びに向かわせては変に思われることでしょう。


 私は書庫へ赴いてみることにしました。そこにいてくれないものだろうかと。

 もしかすると、万も私を待っていたのでしょうか。書庫にいてくれました。


 私は詩を口ずさみながら彼に近づきます。

 すると、また始まったとばかりに金児は書庫の入り口で控えました。万はどこか苦笑するような柔らかい面持ちに見えましたが、やはり晴れやかさとはどこか無縁の翳があります。


「凋康妃にお会いしてきました。(じょ)恵嬪は(らい)州の出とのことでしたが、もしや子才もでしょうか?」

「ええ、そうです」

「これは偶さかのことでしょうか?」


 來州の出身者など大勢いるのです。偶然だと言われたらそれまででした。

 けれど、万も何か引っかかるようです。


「子才は貧しい家の子供でした。除恵嬪も妓館の生まれだとか。ただ、二人とも華があるというのか、どこか似た雰囲気を持っていたように思います」


 私は二人の顔を知りませんが、万がそう言うのならばそうなのでしょう。


「恵嬪様の父親は不明とのことですが、子才の家が貧しかったのなら、子才の父親が高級妓館へ通うことはなかったでしょう。姉弟ではないと思われますが」

「もちろん姉弟ではないでしょう。そもそも來州は北の国境があり、それでなくとも寒く厳しい土地柄です。州そのものが貧しく他の州と比べて人も少ないのです。恵嬪様の母親も妓館に売られたのなら、もとは貧しい家の生まれかもしれません」

「多少の血の繋がりはあったというところでしょうか。本人たちも知らない程度の遠縁だとして、それが殺される理由になるとも思いませんが」


 こうして話していてもやはりわかりません。

 犠牲者たちの共通点を探し当てたとしても、それが虎に繋がるとも限らないのです。次の犠牲者を出さないために突き止めたいとも思いますが、今考えなくてはならないのはむしろ虎への対策でしょう。

 万は不意に手に持っていた書を閉じ、懐から小さな朱色の布袋を取り出しました。


「淑妃様にこちらを」

「これは何でしょう?」


 私がそれを両手で受け取ると、万は目を細めました。笑ったのかもしれません。


「この間の返礼です。お守りとしてお持ちくださりませ」

「まあ、ありがとうございます」


 友愛の証に対する返しなのです。万も私を友人として受け入れてくれたということでしょうか。

 だとしたら嬉しいと、私はまた恐ろしい夜が来ても耐えられそうな気がしました。

 握ると、かさりと音がします。紙の音です。護符が入っているのでしょうか。


「――これ以上、あなた様が苦しまねばよいのですが。奴才(わたくし)ではとても力が足りませぬ」


 そんなことをつぶやかれました。私はそっと首を横に振りました。


「いいえ。あなたとこうしてお話しているだけで私の心は慰められていますから。本当に、私は一人でなくてよかった」


 それを聞くと、万は色白の頬をさっと朱に染めたように見えました。


「過分なお言葉にござります。奴才(わたくし)はただの宦官ですから」

「そして私のお友達でもあります。それでは、あなたもどうかお気をつけて」


 陛下の異変に気づき、それを探っているとなると、万にもまったく危険がないというわけではないでしょう。

 私は待たせている金児がそわそわとしていることに気づき、書庫の入り口へと戻りました。金児は少しふくれっ面になっています。


「淑妃様は本当に詩がお好きなんですよね。私ではとても話し相手になりませんけれど、その、相手が宦官でなければちょっと親密すぎるように思われます」


 人と関わるのが苦手な私が、誰かと親密すぎると言われるとは思いませんでした。こんな時なのに、ほんの少し可笑しくも感じられます。


「万は本当に頭がいいのよ。話していて楽しいわ」

「そうですか。万公公(こんこん)も淑妃様とお話している時は随分お優しいお顔になりますしね」


 と、金児はどこか拗ねたようなことを言いました。

 そうでしょうか。傍目にはそう見えるというのが私には意外でしたが、嬉しくもありました。


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