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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
➒雪月 834年?月?日~

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35/53

➒雪月 ―セツゲツ― ⑴

 今度は幼い命が奪われました。


 通貞(つうてい)と呼ばれる、幼くして去勢され後宮に上がった宦官です。

 施術によって生死の境を彷徨った挙句、ようやく生き永らえた後に虎の餌食となったのです。

 あまりにも救いがない生涯に私も切なさが込み上げました。


 後宮の中ではなく、その殺人は外で行なわれました。

 使いに出され、後宮の門を出たところだったようです。


 翌日、ふと見かけた(ばん)が意外なほどにひどく沈んでいました。

 一見するとわかりづらいのですが、このところよく顔を突き合わせている私にはその違いが伝わりました。可愛がっていた子だったのかもしれません。


 この事件後、万と言葉を交わす機会はなかなか訪れませんでしたが、私は万の様子が気がかりでした。


 そして、このことがあったせいで後宮は未曽有の手入れが入ったのです。

 陛下が普段よりも無防備になる後宮での変事ですから、宦官兵だけに任せておくわけには行かないとのお話でした。


 この時、妃嬪たちは(へや)から出ぬようにと言われておりましたが、事情を聞くために一人ずつ呼び出され、屈強な男たちの集まる場に連れて行かれました。


 この武官たちは錦衣衛(きんいえい)という、内々で秘密裏に動く武官なのだそうです。表向き、ここに入れる男性は陛下のみですので、この調査のことは伏せられているのでしょう。


 それでも、陛下がこの調査をお許しになったとは思えません。許可があると偽り、無断で決行したのだとするのなら、陛下の権威がそこまで貶められているということです。


 もちろん、後宮の主は陛下ですので、私たちに指一本触れられるはずもないのですが、嘗め回すような目を向けられると震えてしまいます。

 金児が後ろに控え、そんな私を支えていてくれました。


 もともと人前に出ることが苦手な私は、扇で顔を半分隠しながら話すしかありませんでした。


「周淑妃、近頃なんらかの異変に気づかれてはおりませんか?」


 武官は極力丁寧な口調で尋ねましたが、ずっと押し黙って座している貴人の男性の視線が気になって仕方ありませんでした。


 どう書けばよいのでしょうか。後宮の変事など、それほど気にかけているふうではなく、それは本当に私を値踏みしているような嫌な目でした。


 この御方は周囲から敬われている上、育ちの良さが感じられましたので、きっと皇族だと察しました。

 けれど、貪欲な相であるようにも思われるのです。その目は、他人の物を欲しがる子供のようでした。


「わ、私は、何も――」


 緊張で声が上手く出ませんでした。

 陛下のことを告げてはならないと感じました。この方はきっと陛下を救わんとはせず、追い落とすおつもりだと。


 私の怯えは演技などではございません。本当に恐ろしかったのです。

 虎に憑かれている陛下のことも恐ろしくはありますが、陛下が虎だとするのなら、この方は狼で、どちらがよいとも申せません。


 もともと、私が何かを知っているなどとは誰も考えていないのでしょう。武官は怯える私を憐れむような具合でした。


「左様でございますか。しかし、何かございましたらすぐにでもお知らせ頂きたい」


 あっさりとしたものでした。これだけのためにわざわざ後宮へ踏み入ったとは。

 そう思ったのですが、これこそが〈下見〉であったのでございます。


 この貴人は南の岱州(せんしゅう)を治める岱王(せんおう)にして皇太子である宋濤綴(とうてつ)様だったのです。


 陛下とはあまり似ておられません。

 陛下よりも線が細く、風流人という風情でありつつも氷のように冷たい印象が致しました。


 殿下は王号を賜るまでの幼年期を後宮で過ごされたのですから、内部を見ずとも内部のことは知っておられるはずなのです。

 なんの下見をされたかったのかと言えば、それは妃嬪たちでございましょう。


「周淑妃」


 初めて岱王様のお声をお聞きしました。どうしたわけか、私は身震いしそうになるのを必死で堪えました。

 そんな私の様子をどうお思いになったのか、岱王様は口元をゆっくりと持ち上げて微笑まれました。


「まるで仙女のようだと称されたあなたの(かんばせ)をすべて拝見できたなら、これに優る喜びはございません。その扇を恨めしく思います」


 私は陛下の妃です。何故そのようなことを仰るのでしょう。


 私は気分が悪くなり、どうにか礼節を保ちつつその場を辞すのがやっとでした。

 (へや)に戻っても、あのまとわりつくような視線が追ってきているような気分でした。

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