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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑨Eilidh 1132年10月8日~10月9日

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34/53

⑨Eilidh ―エイリッド―

 図書館で調べた歴史によると、虎帝は皇太子である弟に反乱を起こされて討たれたのだ。


 エイリッドは、今更どうしようもない過去のことに胸を痛めた。

 雪月はこの先、さらに恐ろしい現実に直面する。その時、彼女はどうなったのだろう。


 虎帝は後宮にいた時に討たれたとあった。

 それなら、雪月も虎帝と一緒に殺されたのか。それとも、後にこの書を最後まで(したた)めてから死んだのか。


 彼女の末路には幸せを思い描けない。

 エイリッドは気分が沈み、本を閉じた。


 もう、とっくの昔に決着はついている。

 エイリッドが雪月のためにできることなどないのだ。



     ◇



 翌日、エイリッドはのっそりと起きてから朝食の席に着いた。


 今日は全員揃っていて兄もいたのだけれど、見るからに苛々していた。これはネイトが兄に妹の躾がなっていないとでも言ったせいだろうか。

 それを考え、エイリッドは兄を警戒していた。


 そんなことを知らない両親は子供たちの様子がおかしいことなどあまり気にせず、今日の夜の観劇が楽しみだとか話している。これも付き合いの一環で、決して遊び惚けているわけではないのだとか。


 エイリッドの社交界の支度は進まないままだけれど、構わない。




 朝食を終えて部屋に戻ろうとすると、廊下で兄に呼び止められた。これはとても珍しいことである。


「エイリッド、お前に訊きたいことがある」


 来た。

 ギクリとしつつもそれが顔に出ないように気をつけて振り返る。


「なんでしょう、お兄様?」

「一部でお前が男と密会しているという噂が流れているんだが」


 ――どうやらネイトは直接兄に言うのではなく、噂を流して広めることにしたらしい。自分が女々しく告げ口をして評価を下げるのは嫌だが、エイリッドが困ればいいとは思っているようだ。


 しかし、エイリッドはネイトの思い通りに困ってやろうという気にはなれない。とりあえずとぼけた。


「男って、どなたですか?」

「知るか」


 兄が吐き捨てる。そんなに詳しいことは知らないようだ。

 サイラスがこちらに戻ってきていることも多分兄は知らない。


 兄は九年前は寄宿学校にいて、成長したサイラスを見て彼だと気づくほどサイラスと親しく接していなかった。年齢もかなり違うから互いに興味もなかったのだ。

 すると、兄は額にかかった前髪を払い、物憂げに嘆息した。


「身に覚えがないのだとしても気をつけろ。社交界なんて足の引っ張り合いだからな。……きっと、ネイトを狙っている令嬢の誰かがお前のことが目障りで噂を流したんだろう」


 そういう解釈をしてくれたのならよかった。ネイト本人が火元とは思わないらしい。


「そんな噂が立って、わたしはネイトさんにはよい印象を抱かれていないみたいですね。わたし自身ではなく噂の方をお信じになられるようでしたら、それも致し方ありませんわね」


 ほぅ、とため息をついて言っておいた。被害者ぶってみたが、兄は顔をしかめた。


「お前のそういうところがいけない」

「えっ?」

「普通の女なら傷ついて泣くところだろう。お前は女らしさに欠ける」


 この兄の発言には絶句したが、きっと言い合ってもわかり合えない。


 兄と結婚する女性は果たして幸せだろうか。人それぞれ相性はあるかもしれないが、エイリッドだったら願い下げだ。


 いや、何やら婚約者とは雲行きが怪しそうではある。もしかするとすでに逃げられたとも考えられる。


「気をつけます」


 精一杯殊勝なことを言おうとして、でも腸は煮えくり返っている。笑顔で、けれど青筋を立てている妹に、兄は呆れ返っているようだった。


 部屋に戻ってもエイリッドは憤懣やる方ない。

 ソファに座って足をじたばたしてみたが、子供じみていて恥ずかしくなったのでやめた。


 ふぅふぅ、と呼吸を整え、土産の机の前に行って引き出しを開けた。

 雪月の書を撫で、雪月の苦労を思えばエイリッドの窮屈さなど些細なことだとして気持ちを落ち着ける。


 早くこの書を読破してしまわなければ。

 そう思ってページを捲る。


 この先、サイラスに会うのが難しくなりそうだった。

 会えないと思うと、サイラスが垣間見せた寂しそうな、悲しそうな表情が思い起こされる。


 サイラスにこの書の内容を伝えなくてはならないから会うのではなく、エイリッドが会いたいからという理由の方がずっと大きい。


 これは恋とかではなくて、あまりにエイリッドの周りに味方がいないせいかもしれない。

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