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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑧Eilidh 1132年10月6日~10月8日

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30/53

⑧Eilidh ―エイリッド― ⑶

 ――馬車が家に着かなければいいのに、と思った。


 そうしたら、本当に道を塞がれていた。

 さっきまでは普通に通った道なのに、何があったのだろう。


 馬車が停止し、御者が中にいるエイリッドに向けて言う。


「お嬢様、こちらの道は使えないようなので迂回致します」

「何があったの?」


 エイリッドが尋ねると、御者は言いにくそうだった。


「……警察です。こちらのお屋敷で何か事件があったのでしょう」


 事件と聞いてギクリとした。

 まさか、また獣に襲われた死体が発見されたりはしていないだろうか。

 恐ろしいけれど、それを確かめたい。


「ねえ、降ろして。外に出るから」

「しかし……」

「早く開けて」


 御者は渋々扉を開けてくれた。

 エイリッドは御者の手を借りず、馬車のステップを踏みしめて勢いよく車体から飛び降りた。その通りにある屋敷に、制服を着た警察がぞろぞろと出たり入ったりを繰り返している。


 この屋敷は、パクストン家だ。エイリッドよりもひとつ年上のジェマといいう娘がいる。

 わがままな一人娘だが、夫妻は彼女を溺愛していた。まるで荷物のように布に巻かれて運び出されたのは誰だろう。


 あの光る目とは関係がない事件かもしれないし、そうであってほしかった。

 不意に、屋敷の回りに集まった人々の中にサイラスを見つけた。思わず、あっと声を上げて駆け寄りたくなったが、我慢した。


 人がわらわらと集まってきて、サイラスのところまではとても行けない。それでも、サイラスもエイリッドに気づいたようで、一度目を見張った後にかぶりを振った。


 その仕草は色々な意味に受け取れる。

 エイリッドが戸惑っているうちにサイラスは野次馬の中から消えていた。


 その後すぐにエイリッドは警察官に注意され、馬車に戻された。通行の邪魔になるから、停車している馬車をすぐに発進させるようにと言われてしまったのだ。


「さあ、早く行って!」

「あの、何があったのでしょう?」


 どさくさに紛れて尋ねたけれど、警察官は口髭をピクリと動かしただけで教えてくれなかった。

 ただし、屋敷を取り巻く風が禍々しいような、血腥いような、なんとも言えない不快さを孕んでいるように思えた。




 家に戻ったが、今日か明日のうちにはネイトがエイリッドの家族に告げ口をして、その件でこっぴどく叱られるのだろう。

 下手をすると外出が難しくなってしまうかもしれない。


 なんと言い訳をするか頭を悩ませていたのと、パクストン家の事件とのせいでエイリッドはろくに本が読めなかった。


 大東文字が上滑りするような感覚で頭に入らない。

 エイリッドはこの日ばかりは諦めて早めにベッドに潜った。


 ――そして翌朝の新聞に事件のことが書かれていたのだ。



     ◇



「今度はパクストン家のご令嬢だなんて」


 母は心なし青ざめて見えた。父も眉間に深い皺を刻みながら新聞を読みふけり、そして畳んだ。


「〈狼男(ウェアウルフ)〉か……」

「えっ?」


 エイリッドは父のつぶやきに目を瞬かせた。父が畳んだ新聞を見遣ると、見出しに〈狼男〉とある。


「狼、なんですか?」


 思わず口に出してしまうと、父は険しい顔をした。


「ものの例えだ。新聞社が殺人犯をそう呼んだだけで、狼男など子供騙しにもほどがある。実在するわけがない」

「ミセス・レノックスの時と同じなのですね?」


 つい普通に訊いてしまったが、若い娘とする話ではないと父の顔に書いてある。


「ああ、そうだ。お前たちも気をつけなさい」


 そう言って、話を早々に切り上げた。

 母はまだ身震いしている。


「……お兄様はもう出かけられたの?」


 兄の姿が見えない。昨日から見かけていなかった。


「お友達のところにいるみたい」


 その友達とやらがネイトだったら最悪だが、別の友人のところにいたとしても共通の友人ではあるのだろう。

 兄からきっと何か言われると思って憂鬱だった。




 それにしても、虎は何を基準に被害者を選んでいるのだろう。

 二人とも女性だから、男性は狙わないのだろうか。


 雪月が記している虎も女性をいたぶるのが好きなようだ。弱い獲物を追い詰めるのが好きなのだとしたら嫌だ。


 エイリッドは、こんな時に外出したくはないという思いと、こんな時だからこそサイラスに会って話したいという思いとの間で揺れ、結局出かけることに決めた。


 どうしても気になるのは、マルヴィナの持つ虎の毛皮のことだ。

 魔除けのお守りとして、あるいは思い出の品としてあの毛皮を大事にしているのだったらいい。


 けれど、そうではなく、もしマルヴィナが人虎だったらどうなのだろう。あの毛皮を被り、時折虎の姿に戻るのだとしたら――。


 サイラスは知人だということで安心しきっている。

 心配しつつも、エイリッドは頭を振ってその考えをふるい落とした。

 この段階で決めつけるのはよくない。せめて雪月の書を最後まで読んでからの方がいい。


 ただし、最後まで読むにはまだ時間がかかる。読破するまで引き籠っていて、その間にサイラスに何かあったらどうしようか。

 そう思うと、エイリッドはじっとしていられなかった。


 部屋にいると見せかけて、自転車をかっ飛ばし、図書館ではなくフォレット横丁のマルヴィナの店に向かった。

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