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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑧Eilidh 1132年10月6日~10月8日

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⑧Eilidh ―エイリッド― ⑵

 その翌日、エイリッドはいつも通り朝食の席についていた。


 そもそもが仮病なのでエイリッドはケロリとしたものだが、何故か今度は母の具合が悪そうだった。

 何故か――でもない。飲みすぎだろう。もともとあまり強くないのだ。


「ねえ、私、今日は頭が痛くて。ミセス・アレンが来られる予定だったのに、これでは十分なおもてなしができないわ」


 また来る予定だったのか。この時、エイリッドは母の二日酔いに感謝していた。これで断ってもらえると。

 しかし、残念なことに――。


「エイリッド、私の具合が悪いと先方に伝えてきてほしいのよ」

「わ、わたしが?」

「馬車で送ってもらうのだから、ご挨拶だけよ。あなただってそれくらいできるでしょう?」


 じっとりとした目を向けられた。しかし、行った先にネイトがいて、この間のようにアレン家の庭を案内されるなんてことになったら苦痛極まりない。


「お兄様は?」


 友人宅なのだから、兄が行けばいい。それなのに、不在だった。


「イーデンは予定があるそうなの」


 それを言うなら、エイリッドにも予定がある。図書館でサイラスに会うという予定が。

 しかし、この状況で母の頼みを断れるはずもなかった。




 ――どうしよう。

 図書館にエイリッドが来なければ、サイラスは見切りをつけて帰るだろうか。待ちぼうけを食らわせたら、二度と来てくれないなんてこともあるかもしれない。


 エイリッドは身支度を整えると、母がミセス・アレンに(したた)めた手紙を持たされ、何やら美味しそうな匂いが漂うバスケットと共に馬車に詰め込まれた。


 しかし、エイリッドは諦めなかった。さっさと用事を済ませ、帰り道に図書館へ寄ってもらうのだ。




 アレン家の屋敷は瀟洒な佇まいで、あのいけ好かない青年には勿体ないなと思った。


 趣味のよいファサードの前に降りると、出てきた執事を押しのけてネイトが出てきた。今日もやっぱりいけ好かない。どこか人を軽蔑しているような、見下すような目をしている。


 この人とは結婚どころか婚約だって無理だなとエイリッドは改めて思った。


「ごきげんよう」


 それでも仕方なく膝を折って挨拶をすると、ネイトは眼鏡を押し上げながら吐き捨てた。


「何もよくはない。僕は君の顔なんて見たくもなかったのに」


 ひどいことを言う。それを言うならこっちだって見たくない。

 エイリッドが唖然としていると、ネイトは粘つくような嫌味な言い方をする。


「君、隠れて男と会っているんだってね。僕が知らないと思っていたのかい?」


 ネイトとはまだ他人なのだから、こんなふうに言われる筋合いもないのだが、すでに婚約者の気分だったのだろうか。エイリッドが思っていたような娘ではなかったのが腹立たしいらしい。


 嫌われても悲しくはないけれど、自分に相応しいか素行調査をされたのかと思うと気分が悪い。

 気分が悪いから、つい笑ってしまった。


「わたしの顔を見たくないとのことですが、今後特に不都合はありませんね。わたしたち、他人ですもの。今も、これからも」

「なっ!」


 ネイトが怒りで顔を朱に染めた。こんな小娘に言い返されるとは思わなかったらしい。


 家に帰ったら怒られるなと思ったが、今更どうにもならない。叱られるのは耐えるけれど、外出を禁じられたり、サイラスが責められたりしたらどうしようか。


 会っていると言っても、疚しいことは何もないのに。

 ただの幼馴染との再会だ。それすらいけないと言われるのが悲しい。


 エイリッドはバスケットと手紙をそこにいた執事に押しつけてから再び馬車に乗った。このままネイトの顔を見ていたらもっと暴言を吐いてしまいそうになる。


 控えていた御者も慌てて馬車を発進させた。エイリッドは今日、図書館を諦めなくてはならないかもしれない。

 それとも、戻ってすぐ自転車に乗って出て行ってしまおうか。


 馬車の音がエイリッドの心を乱す。

 覚えていないとしても、サイラスがあの幼かった日の約束を果たしてくれないものだろうか。すぐにでも家を捨てて大東国にでも行きたい。


 けれど、今のサイラスはエイリッドにそこまでの執着を持ってくれないのだ。

 自分のことは自分で解決するしかない。それくらいはわかっている。

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