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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
➏雪月 834年?月?日~

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21/53

➏雪月 ―セツゲツ―

 もともと、陛下はこの大東国で最も気高く強い獣である虎に例えられることがあったのです。


 どんな動物も虎を見れば恐れをなして逃げ出すのですから、戦上手の陛下はまさに虎にございました。

 その例えがまさか本当になるなど、誰が考えたでしょうか。


 私は(へや)で書物を捲りながら憂鬱で仕方がありませんでした。

 虎が人に化ける逸話が書かれているのですが、だからといって対処法が記されているわけではないのです。


 それから、人の姿をした虎には二種類あるのだと知りました。

 〈人虎(じんこ)〉と〈虎人(こじん)〉、これらは似て非なるものです。


 簡単に記しますと、人虎は虎が人に化けますが、虎人は人が化ける虎なのでございます。主体が獣か人かということです。

 ただし、普通の人間が人虎になることが稀にあるそうなのです。それは一種の病だと。


 虎になった人は、人を食い殺すそうなのです。そして、人の味を知ってしまえば、もう元には戻れないというようなことが書かれておりました。


 私は、零れる涙で書を駄目にしてしまわないように本を閉じました。

 机に突っ伏して途方に暮れてしまったのです。陛下をお救いするどころか、私は絶望を引き当ててしまったような心境でした。


 恵嬪を殺したのは陛下なのでしょうか。その血肉を欲したが故に。

 けれど、私が絶望している間にも時は過ぎていき、次の犠牲者が出るかもしれません。


 陛下がもう人にはお戻りになれないのだとしたら、せめて次の犠牲者がでないように私が食い止めるしかありません。


 それに、陛下が恵嬪を殺したという証はまだないのです。もしかすると、別の犯人がいるとも考えられます。そうだとすれば、まだ陛下をお救いできるという可能性も残されています。

 そうであってほしいと願うばかりでした。




 そのまま書物を読みふけり、何か有益なことは書かれていないかを探しておりました。


 金児も私が大人しく(へや)にいる限りは安心できるようです。根を詰めるように文字を目で追っている私をそっとしておいてくれました。


 それでも、金児は時折私の食事を用意したりと抜けることがありました。その時を狙ったかのようにして、私のもとを訪れたのは宦官の(ばん)でした。


 私が本を抜き出したことに気づいたのでしょう。

 まだ手元に残したく思いましたが仕方ありません。この書に執着する理由を上手く説明できないのですから。


「淑妃様、先に書庫でお会いした際に書物を持ち出されませんでしたか?」


 恭しく拝礼しながらも、万は疑惑ではなく確信を持って私に尋ねました。私は名残惜しいながらに本を万に差し出しました。


「ごめんなさい、どうしても読みたくなってしまって。お返しします」


 万は本を受け取ると、その表紙をじっと見つめて目を細めました。

 そうして、ゆっくりと視線を本から私の方へと動かしたのです。


「淑妃様は何故この書をお選びになられたのでしょうか?」

「面白そうだと思ったからですが」


 答えながらも、万の目がすべてを見透かすようで私は緊張で胸が痛いくらいでした。

 事実、万は見通していたのです。私と同等、いえ、それ以上に。


「近頃、後宮では異変が多うございます。恵嬪様のことばかりでなく、賢妃様もでしょうか。それが怪異の仕業でないとは限りません。奴才(わたくし)もまた、それを記された書を探していたのです」


 万の言葉に私は息を呑みました。

 誰にも知られてはならないと用心していたはずのことを、やはりこの人も察知していたのです。そして、私がそれに気づいていることも。


 すべてを話すにはまだ用心しなくてはなりませんが、私は相談相手を得たことで肩の力がほんの少し抜けたような気になりました。


「わ、私もそれを考えずにはいられませんでした。あなたはどのような者の仕業とお考えですか?」


 すると、万は目を閉じ、軽くうなずきました。


「獣の怪異でしょう。何故、誰が、という疑問は残りますが」

「あの、何かわかったらお教え頂きたいのですが」


 私が祈るような気持ちで頼むと、万は私を憐れむような目を向けました。表情乏しく、どこか欠けた印象のこの宦官は、感情を表に出すのが苦手なのでしょう。

 だからといって冷たいということではないのです。


「あなた様は奴才(わたくし)の話をお(わら)いにはならなかったので、信じてくださるのならば、何かわかり次第お話し致しましょう」

「ありがとうございます」


 ほっとして胸を撫で下ろすと、万はまた丁寧に拝礼しました。


「獣は煙を嫌います。どうかご安全に」


 そうして私は、万という味方を得たのでした。

 けれど、万に甘えるべきではなかったのかもしれないと後々まで後悔もすることとなるのです。


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