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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
⑤Eilidh 1132年10月4日~10月5日

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⑤Eilidh ―エイリッド―

 ――寝る前に読むのではなかった、とエイリッドは後悔した。


 光る目をした皇帝が後宮の妃嬪を殺したと雪月は睨んでいるらしい。

 ただでさえ今日はサイラスとの再会で気分が高潮しているのに、これ以上読むとさらに眠れなくなりそうだ。


 エイリッドは革のブックマーカーを差し込んで書物を閉じた。


「…………」


 ブルリ、と身震いする。

 これは物語であって、手記ではない。


 一度そう結論づけたはずなのに、今になって迷っている。

 それというのも、今日、金色に光る目のようなものを偶然にも見かけてしまったからだ。


 あれはこの書物を読んだが故の錯覚だったかもしれないのに。

 妙に心細くなって、エイリッドはこの日、さっさとベッドに潜った。


 サイラスのことを考えたいのに、雪月と皇帝のことが頭を占めている。

 かといって、続きを読む気力はなかった。


 そうして、あまり熟睡はできないまま朝を迎えた。




 朝になって、エイリッドはさらに恐ろしい思いをすることになった。

 父が朝食の席で厳しい表情のまま言ったのだ。


「ミセス・レノックスがお亡くなりになったそうだ。今朝の新聞に載っていた」

「まあ、ミセス・レノックスが?」


 と、母は大仰に驚いて見せた。

 エイリッドもギクリとした。レノックス夫人は、サイラスの住んでいた屋敷の借受人だ。未亡人ではあるのだが、まだ三十代くらいで急に亡くなるような年ではない。


 エイリッドたちは顔見知りという程度で、一番交流があるのは年の近いモイラかと思われる。

 かつてフルフォード家の住んでいた屋敷にいるから、父も母もあまり足を向けたくなかったというのは考え過ぎだろうか。


 レノックス夫人自身と気が合わなかっただけかもしれない。特別変わった人ではなく、どちらかといえば穏やかだったように思うけれど、機知に富んだ話し上手というふうではなかった。

 それで身分もそこそこであれば、父たちにとってそう重要な人物にはなり得ない。


「まったく知りませんでした。どこかお悪かったのですか?」


 兄もそんなことを言ったが、レノックス夫人個人に関心はなく、あるとすれば死因の方だ。好奇心を満たし、話のネタになればそれでいいというだけ。死者に憐みも何もない。

 それに対し、父は整えた口髭の下から細いため息を零した。


「それが、殺人事件として調査中らしい」

「えっ!」


 思わず声を上げてしまったら、父に睨まれた。エイリッドは気まずいながらにうつむく。

 それでも、鼓動がドクドクと速まった。


 昨日、エイリッドはレノックス夫人の住まいの近くにいたのだ。もしかすると、殺人犯とすれ違っていたかもしれない。

 これには衝撃を受けて手に嫌な汗をかいた。


「まるで推理小説の猟奇犯罪だな。腹部の傷による失血死とは……」


 それを聞くなり食欲がなくなったのは母も同じようだ。フォークから手を放して父に抗議の目を向ける。


「朝からそんな恐ろしいお話はやめてください」

「でも、気になりますね。あの大人しいミセス・レノックスがそんな殺され方をするなんて、どんな恨みを買っていたんでしょう? それとも、ただの物取りとか?」


 兄はこの残酷な事件をやはり面白がっているふうだった。昔から優しさなど欠片も見せない。


「調査中とのことだ。間違っても見物になど行くなよ」

「わかっていますよ」


 クスクスと兄は笑っている。この話題で笑える神経がおかしい。


 エイリッドは終始固まっていて、皆、エイリッドが恐ろしさのあまり震えているのだと思っているようだった。その年頃の娘らしい臆病さに満足している。


 けれど、本当にエイリッドを怯えさせたのは、その新聞記事ばかりではない。

 雪月の書に書かれていたものとよく似た光る目を目撃した後、またしてもあの書に書かれていたのと同じ殺人が現実に起こった。


 これは一体どういうことなのだろう。

 ただの偶然と考えるべきなのか。そうでないとしたら、なんだというのだ。

 雪月が遭遇した怪異が、今このエイリッドが暮らす世界に存在しているとでも――。


 だとするのなら、雪月はどのようにして怪異と戦ったのだろう。

 エイリッドは朝食もそこそこに部屋に駆け込んだ。


 開くのが昨日以上に怖いけれど、エイリッドは栞の挟まれているページから読書を再開した。


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