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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
④Eilidh 1132年10月3日~10月4日

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12/53

④Eilidh ―エイリッド― ⑵

 図書館へ行こうとしていたエイリッドは、自転車に飛び乗ると、それとは反対方向に向けて漕ぎ始めていた。


 道を行くと、モイラのように婦女子がはしたないという目を向けてくる人も多い。けれど今はそんなことは少しも気にならなかった。


 サイラスたちが住んでいた屋敷は借家になり、別の住人が住んでいる。

 あの屋敷へ行ったところでサイラスはいないだろう。それはわかっているけれど、一度くらいはここへ挨拶に来たかもしれない。何か、今の住まいの手がかりになるようなことを言い遺してはいないだろうか。


 エイリッドは期待を込めてペダルを踏み、自転車を加速させた。

 自転車は、エイリッドの足であり翼だ。これがあれば、馬車に乗らずとも遠くへ行ける。屋敷から動けない籠の鳥ではないのだと、そう思えるからエイリッドは自転車に乗っている時間が好きだった。


 調子に乗って飛ばしていたけれど、それも長くは続かなかった。走っているうちに風に当たって体が冷える。


 そうしたらついでに頭も冷えたのか、サイラスのことを都合よく考えすぎなのではないかと思えてきた。

 エイリッドの住まいは昔と変わらないのだから、会いに来られるはずなのだ。それなのに、サイラスは顔を出そうともしなかったのだ。


 今のサイラスにはちゃんと現在の友好関係が構築されており、昔別れた幼馴染のことなど思い出さなかったのかもしれない。幼少期に浸って足踏みしているのはエイリッドだけなのか。


 コキコキ、と車輪の回る音が鈍っていく。エイリッドは前をほとんど見ていなかった。ぼうっと漕ぎ続けているけれど、目指している行き先に向かえているのかすら怪しくなっている。


 ――勢いで飛び出してしまったけれど、道に迷ったかもしれない。

 あの屋敷へ行く時は馬車で送ってもらったことしかなかった。道を知っているつもりでも路地を一本間違えたらもうわからない。


 エイリッドは少し疲れてきて自転車から降りた。手で押して歩く。

 誰かに道を尋ねようとしたのだが、エイリッドが声をかけられそうな相手がいなかった。いかにも強面の男では腰が引けてしまう。


 しばらくそのままうろついていた。

 家族は夜会に出かけたから、夜が更けても帰りは遅いとは思うけれど、エイリッドがいつまでも戻らなかったらモイラが大騒ぎをするのはわかっている。夕食までにはどうにかして戻らないと。


 エイリッドは路地の高いレンガ塀を見上げてため息をついた。

 秋になって日が暮れるのも早くなった。すぐに暗くなってしまう。現に日陰などはもうすっかり夜のように闇が深い。その湿った日の当たらない路地裏を通り過ぎる時、エイリッドはふと光るものを見た。


 金色の、ふたつの光。

 それはまるで目のように、エイリッドに向けられていたように思えた。


 そう、まるであの書の中の雪月が見た皇帝の目はこうであったのではないかというような――。


 何者かが闇の中で蠢いている。

 悲鳴を上げそうになった。けれど、恐ろしすぎて声が出なかった。


 エイリッドはただ必死で自転車に跨り、震える脚に鞭打って漕ぎ始めた。ただ、今までこんなことは一度もなかったのに、焦ったせいで車輪にスカートの一部が絡めとられてしまった。


「あっ!」


 バランスを崩して近くの木箱にぶつかった。顔は庇ったけれど、体を打ちつけた痛みでしばらく動けない。きっとあちこちに痣ができている。痛い。


 この時、近くに人の気配があった。

 驚いて息を呑んだけれど、そこにいたのは光る目を持つ化け物などではなかった。


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