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虎帝妃の書  作者: 五十鈴 りく
④Eilidh 1132年10月3日~10月4日

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11/53

④Eilidh ―エイリッド― ⑴

 そこまで、エイリッドは息をつめながら一気に読んだ。

 自分が同じ目に遭ったかのように苦しくなってしまうけれど、思わずエイリッドはつぶやいていた。


「これ、小説よね……?」


 実在する年号、人物名が入っているからといって虚構(フィクション)でないとは限らない。冒頭にこれは事実だと書かれていたけれど、書いてある内容を思えば現実に起こったことだとは考えにくい。


 これは誰かが紡いだ物語なのだ。

 エイリッドはそう結論づけた。それならば、雪月という女性がこの苦痛を味わったという事実もないのだ。

 ――そう、思いたかった。


 この先を読むつもりはあるけれど、急いで読もうという気はしなくなっていた。

 雪月は、偽者なのか、それとも何かに憑りつかれた皇帝に襲われ、心身共に傷ついた。このあと、彼女を更なる危機が襲うのかもしれないし、救いがあるのかもしれない。


 どちらに転ぶのかはわからないけれど、結末は見届けよう。

 これも何かの縁だから。




 その翌日、昼下がりに両親と兄はそろって出かけていった。

 招待を受けてのことだが、社交界デビューしていないエイリッドはその限りではないので留守番だ。

 それを嘆くつもりなど毛頭ない。むしろわくわくした。


 そうだ、図書館へ出かけよう。大東国の景王朝について調べものをしたい。このところ家に籠りがちだから、自転車にも乗りたい。

 家族は出かけたが、叔母のモイラだけはきっと残っている。見つかるとうるさいのでこっそり出かけよう。


 エイリッドはそう決めると、自転車用のスカートを履いて支度をした。

 廊下をコソコソと歩き、物陰に隠れながら進んでいくと、メイドたちがおしゃべりに花を咲かせていた。


「それにしても、旦那様たちが帰ってくると忙しさが五倍ね。お嬢様とモイラ様なんて大人しいものだから」


 両親と兄は事細かに指示をするので、使用人たちにとっても留守の方がありがたいのだ。気持ちはわかるから咎めたいとは思わなかった。

 そのまま通り過ぎようとすると、その話は意外な方へ転がっていく。


「お嬢様も十七歳ですものね。旦那様はお嬢様に婚約者を探すおつもりみたいです。でも、まだ少し早いと思いますけど」

「そうよね。昔、このお屋敷によく来られていたフルフォード家のご家族に、お嬢様が仲良くされていたお坊ちゃまがいらしたの。きっとあのお坊ちゃまとお嬢様を娶せるおつもりなんだって思っていたのに」


 サイラスのことを覚えている使用人もいるのだ。それが少し嬉しかった。


「ああ、私はその頃にはまだここに勤めていなかったのですが、他の方にもお聞きしました。フルフォード家は商家なので、旦那様にはそのおつもりはなかったみたいですね。当時からもっと上等な縁組をお望みされていたとか」

「でも、そのフルフォード家は今ではこの家よりも資産をお持ちでしょう? ほら、当時は貿易がメインだったけど、金鉱だか炭鉱だかの投資事業で成功したそうじゃないの」

「だから余計に気に入らないようですよ。だって、格下だと思っていた相手が今では自分たちより敬われているんですから」

「あのお坊ちゃま、とっても可愛らしかったわ。きっと美青年にお育ちよ。ちょっとだけ噂で聞いたんだけど」

「噂の出どころはどちらです?」

「パクストン家のメイドのメイベルさん。お屋敷のお嬢様がお会いして舞い上がっているらしいの」

「あら、こちらにいらっしゃるのですか?」

「そうなの。お嬢様もお会いしたいかしらね」


 このメイドの立ち話を、エイリッドは息を潜めて聞いていた。


 サイラスがこの町に帰ってきているというのは本当だろうか。エイリッドは考えただけで胸がドキドキと騒いでいた。

 あの小さかったサイラスが立派に成長している。もう、エイリッドが護ってあげたいと思うような子供ではなく、大人に近づいたのだ。


 会いたいに決まっている。会いたい。今すぐにでも。

 エイリッドにとって数少ない、大切な友人なのだから――。

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