避難の始まり
私は怒りでなのか、緊張でなのか、分かりませんが、あまり眠れないまま、朝がやってきました。
何も知らない二人は目を覚ますと、私と目が合い、満面の笑顔を見せてくれました。
寝起きの子供の笑顔は本当に可愛い…。
アレも起き、二人で殿下とクーを着替えさせました。
アレに二人を見てもらっていて、私も自分の部屋へ行き、着替え、交代してアレも自分の部屋へ行き、着替えてきました。
その際に、邸に置いてある来客用の新しい下着や服を何着か持ってきました。
ちょうどアリステア殿下も起きてきたので、アレが着替えを渡しました。
「先ずは朝食を食べましょう。
色々気になるけど、それは朝食の後にね。」
そう言ってダイニングへ促しました。
クーは離乳食もかなり食べるようになってきていた事もあり、アル殿下はどうしようかなと思っていると、クーが食べている物に興味を示したので、少しだけあげてみました。
人参のペーストには興味を示して、よく食べてくれました。
元々私は前世で、薄味が好みで、素材の甘味が感じられるものとか大好きだったので、その感覚で、調味料を使わなくても甘味とか感じられるように、素材に拘り、私が食べても美味しいと思えるように、ペーストとか作っています。
それでもこの時代は、素材のレベルも前世より低くて、素朴でも美味しいものをって、なかなか難しいです。
そう言えば前世でイギリスに住んでいたことのある知人が、ウインブルドンで有名な苺ですが、実はウインブルドンの苺は、日本のに比べて全然美味しくないって言っていました。
コンデンスミルクだったか何だったか、何か付けなければ食べられないって。
それでもウインブルドンへ行くと、何故かあの美味しくない苺を食べたくなるとも言っておりましたが。
日本では、素材そのものが美味しいって、意外とありますが、あんまり素材そのものを美味しくする努力ってしないものなのでしょうかね。
それでも私は、子供達に少しでも安全で身体に良いものを食べて欲しいと願い、可能な限り味の良い素材を探したいと思っています。
朝食を食べ終わったタイミングで、アリステア殿下の側近の一人が密かにやってきました。
子供二人はアル殿下の侍女と従者、そして商会の護衛数人に任せ、会議に使っている部屋にアリステア殿下、アルと私、アンジェロ様、ルイーザとカイル様、クローゼとレンと父もマクラクラン邸から駆けつけました。
先ずは殿下の側近から、王宮の現状を聞くことにしました。
「申し訳ございません。未だ犯人は判明しておりません。
内部犯行の可能性が高いものの、目撃者が皆無でして、離宮に従事するものを全員、身体検査するように進めておりますが、時間が必要で。
只今、王宮では、かなりの混乱が生じております。
昨夜は取り敢えず、アルバート殿下の従者の判断で、従者自身の信頼を置ける市井の医者へ、殿下を運んだという事になっております。
犯人が分からない状態ではどこに危険が潜んでいるかは分からないという判断という事になっております。
アリステア殿下は、周囲に分からないように追い掛けた事になっております。」
「では…取り敢えず現状、どうするかを今のところは相談しよう。
先ずはアルの事だが、私としては、犯人が見付かるまでは、王宮へ戻したくはない。
勿論、王族は今回のことがなくても、常に狙われるというのは分かっている。
しかしせめてもう少し多少は物事を理解できる年齢になるまでは、こんな赤子のうちから狙われるような場に置いておきたくないのだ。
もう少しこの子を守れる者でも傍に居ればだが、現状は私しか居ない。
なので本音は何年かはもう少し安全な場所でこの子を育てたいが、それはともかくとしても、今回の犯人が分かるまでは、王宮へ戻したくない。」
「殿下は…少なくとも今回の犯人が分かるまでは、アル殿下をどこかへ避難、ということで良いですね?
その避難先はお考えですか?」
アリステア殿下の希望を聞いた後、実際的な話のために、アンジェロ様が聞きました。
「内部犯の可能性が高い以上は、王室関係の場所は避けたいと考えているのだが、カーサノヴァの方で助力してもらうことは可能だろうか。」
王室と強い繋がりを持てるかもという事は抜きにしても、クラウディオの事があったこともあり、アンジェロ様も、快く助力して下さることになりました。
アレは悩ましげではあったものの、私がアル殿下を助けたいという気持ちが強く、アレも賛成してくれました。
他の面々も快く賛成してくれました。
基本的には完全極秘事案ですが、アンジェロ様より、カーサノヴァの本国の義両親には伝えられることに。
本当に万が一の時には、あちらの協力も必要になるので。
そして取り敢えず暫く、犯人が分かるまでは、カーサノヴァ家でアル殿下を預かることになりました。
殿下には基本的に常にクーと一緒に過ごしてもらい、殿下の名前はアルベルト、呼び名はアル(呼び捨てかちゃん付けもしくはくん付け)を徹底し、人前では勿論、癖を付けるために邸内でも殿下とは決して呼ばないようにということになりました。
私と同じ金髪であることから、表向きはマクラクランの遠縁の子を預かっているという事に。
アリステア殿下は、犯人が分かるまでは、毎日は会えなくなります。
しかし実の親があまりにも会わない事は、良くないことは、私はよく分かっています。
なので短時間でも良いので、週に一度でも会いに来て貰えるようにお願いしました。
とはいえ、やはり頻繁に出入りしていると、アルちゃんの居場所を知られてしまうため、会えるときは、お忍びで商会へ来てもらうことになりました。
その都度、アンジェロ様か、ルイーザが、会う場所をその場で決めて、会えるようにする事に。
つまりは会う場所を毎回、変えるというわけです。
この数日については、しばしの別れになってしまいます。
アルは、いつも通りで殿下がもう王宮へ戻らなくてはとなっても、ニコニコと手を振って居ました。
二歳くらいまでの子供って、性格形成に重要ですが、でも親の顔を簡単に忘れるのです。
前世で身近に居たのです。
親の事情で二歳くらいから五歳くらいまで、他所に預けられた人が。
でもその人は、預けられた先でもめちゃくちゃ可愛がられて、とんでもない俺様に育ちましたけどね。
とはいえ、親の顔を忘れるのは宜しくないので、殿下には会いに来て欲しい。
次にカーサノヴァ家の中での話となりました。
私とアレ、クローゼとレンは、まだ学生です。
最悪の場合は、休学も止むを得ずというところですが、不自然な動きは犯人側に殿下の居場所を悟られてしまうという事もあり、夏休みが明けたら、取り敢えず様子見の為に、通常通り学校へ通うという事になりました。
クローゼとレンも、今まで通り、マクラクラン邸から通い、帰りはこれまた今まで通り、基本的には商会のアンジェロ様のところへ向かう。
アルの護衛と侍女は、このまま残ってもらうことになりました。
ただし目立っては困るので、カーサノヴァ邸の使用人に扮してもらうことに。
その上でアルのお世話は、出来る限り私とルイーザ、アレ、そしてエマが行う事に。
まだ学校が始まるまでは、1週間ほどあるので、それまでに犯人が捕まってくれたら良いのですが…。
最近、クーは、私をママ、アレをパパと呼び始めました。
それに伴い、アルも真似して私をママ、アレをパパと呼び始めました。
まあでもアルを預かるのは、数週間からせいぜい数ヶ月と思っていたので、この頃は私たちも、私とアレをママ、パパと呼んでも、気には止めませんでした。
この頃のアルとクー、それにケネスの変化はなかなか激しく、三人一緒のせいか、一人が何かを出来るようになると、他の二人も競うようにあっという間に出来るようになりました。
そして一週間が経っても犯人は見つからず、私とアレは、学校が始まる事になりました。
私たちの留守中は、ルイーザとエマが、三人の傍を離れないという事になりました。
夏休みが明けて、登校し、昼休み、アレとクローゼ、レンと一緒にカフェテリアの隅で、その日の予定を確認している時でした。
「こんなところに居たよ!!!探したんだよ!」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきました。
第三王子のアルト殿下でした。
「ねぇ!君たち、僕と同じ歳だって言っていたよね?!どこのクラス?他の生徒とか教師に聞いても見つからなかったんだけど?!」
「僕たちはA組ですが…殿下は何組なのでしょうか?」
「え!?そんなワケ無いでしょ?!僕、A組だけど???」
「…あ!もしかして…殿下は1年のA組でしょうか?」
「そうだけど???」
「申し訳ございません…僕たちは、試験を受けて飛び級で入ったので、2年なのです…。」
「…え?!」
カーサノヴァ家では、飛び級も珍しくないため、すっかり失念しておりましたが、カーサノヴァ家の影響で、クローゼとレンも頑張り、2年から入っていたのでした…。
そりゃあ殿下が探しても、二人はどこのクラスにも居ないわけです…。
楽しい学園生活を思って、二人を探し回った殿下…申し訳ないです…。
「まあ!学年が違っても、こうして学内で会うことは出来るわけですから!」
クローゼが慰めるも、殿下は無言で…。
「っていうか、何で飛び級なんてしているわけ?!
普通はあまりやらないよね?!」
「申し訳ありません…我が家には、1年間で飛び級をして3年分の単位を取って卒業した、伝説の姉がおりまして…その影響で学校は、遅れたら取り戻せば良い、そうではなくても最短で卒業して、その時間を他の事を学ぶのに充てるのも一つという考え方がありまして。
クローゼとレンは、カーサノヴァ家の影響を強く受けてしまったようです…。」
アレが助け舟を出した…つもりですが、なっていないかも…。
「もう良いよ…。それで今日の放課後は時間、ある?ちょっとお邪魔したいんだけど?」
誰にともなく言われたので、それはカーサノヴァ邸へと理解し、放課後の相談を密かにし、お昼休みを終えました。
放課後、私とアレは、カーサノヴァ家の馬車で真っすぐに帰宅しました。
留守中は特に何事も無かったようで、少し安心しました。
クローゼとレンは、マクラクラン家の馬車で、これまたいつもの様に、商会へ向かいました。
私たちは、着替えて、アレとクー、ケネスの居る部屋へ向かいました。
暫くすると、商会の馬車で、アンジェロ様が帰宅しました。
いつもとは違う従者を連れて帰宅し、一人はエマのご主人だと紹介されました。
そしてそのまま商会の馬車で、エマとケネスとご主人は帰っていきました。
残りの二人は、何と、従者に変装したアルト殿下とクローゼでした。
私たちの留守中、取り敢えずカーサノヴァ邸では、特に怪しい人を見掛けるでもなく、何事も起こらなかったそうです。
王宮では、迅速に離宮に従事する者と、あの日、離宮に来た商人や全ての人の確認が行われているそうです。
出入りの商人らに怪しい所は無く、今、一番疑われているのは、実は第一発見者の侍女らしいです。
ドアを開けて、殿下の部屋、特にベッド周辺が燃え上がっているのを見て、慌てて人を呼んだと言っていたらしいのですが、殿下が寝ていたら、即助けないと大変な事になるのに、助けようとした様子が無かったのだそうです。
本人は脚がすくんでと言っているし、筋は通っていますが、そもそもそんな軟な人間を、まだ赤ちゃんである殿下の侍女には選んでいないとか。
しかし何せ目撃者がいないため、証拠もなく、他に犯人が居る可能性も捨てきれず、今は本人には知られないように、その侍女の交友関係や採用された経緯など、周辺を当たっているところだそうです。
王宮では、アリステア殿下が結婚なさってから、離宮で暮らしていたものの、今回の事があり、そして今のアリステア殿下には妃も居ない事から、王宮へ引っ越すという話も出ているそうです。
アリステア殿下はそれを渋っているらしいのですが。
取り敢えず、その第一発見者である侍女について、何か出てこれば、アルは帰れるかもしれないという話でした。
しかし部屋の隅で、クーと仲良く遊んでいる姿を見て、アルト殿下は言いました。
「でもここに居た方が、アルは楽しそうだし、幸せそうだよね…まあ兄上はアルに会えなくて、悲惨な顔をしているけど…。」
「ここでは…クーと同じにさせて頂いておりますし…良くも悪くも同じなんです…。
悪いことをすれば、クーと同じように叱りますし、やってはダメな事はダメって言われます。
でもクーと同じように愛情を込めています…ここでは王子ではないんです…。
王宮の侍女の皆様も、もちろん、可愛がっていらっしゃるとは思います。
でも王宮では王子なんだと思います…。」
私がそう答えると、アルについて我が家に来ている侍女の二人が、微妙な顔をしておりました。
彼女たちから見れば、我が家は殿下に対して不敬なのでしょうね…。
でも今のアルに必要なのは、王子扱いではなくて、純粋な愛情だと思うんだよね…何でそれが侍女の皆様には分からないのかな…。
「殿下、晩御飯は食べて行かれます?」
ふと私が聞くと、とても嬉しそうな顔をなさいました。
でも次の瞬間、とても悲しそうな顔になりました。
「食べていきたいんだけどね…それこそ出来る事なら泊まりたいんだけどね…でも今夜は仕事があるからダメなんだ…。」
「まあ…またいつでもいらしてください。何なら部屋でも用意しておきましょうか?
というか、クローゼとレンが使っている部屋を殿下もお使いくださって良いですよ。
今はあの部屋にベッドは二台しか入っていませんが、殿下用にもう一台入れておきましょうか?」
アレが半ば冗談のつもりで言うと、殿下は目を輝かせて言いました。
「良いの!?じゃあそうして!だったら僕の着替えも幾つか持ってきておこうかな!
あ、じゃあこの週末、学校の後、来て泊まって良い?!父上の許可は得ておくから!
凄い楽しみだなぁ~」
「あ…承知いたしました…。でも着替えはこちらで用意させていただきたいのですが。
あくまでも我が家へいらしてくださる時には、第三王子としてではなく、お忍びにして頂きたいので、市井に紛れ込める服装にしていただきたいので。」
「了解!今日のも商会で、着替えるように言われて、クローゼの服を借りたんだ〜。
あ、金曜日、クローゼも一緒に泊ってくれるよね?!
だったらクローゼの家の馬車で僕も一緒に来たら良いんじゃない?!
馬車の中で着替えるからさ!」
とまああっという間に週末、アルト殿下がカーサノヴァ邸に泊ることが決まってしまいました。
何でも、この所の王宮は、犯人が捕まらないために、ピリピリしていて、居心地が悪いのだそうです。
それでも週末に我が家へ泊まれることになり、機嫌よくクローゼに連れられて、カーサノヴァ家の馬車で、商会へ戻っていきました。
商会のクローゼとレンが使わせてもらっている執務室で着替えて、王宮へ戻るそうです。
二人を送り出して、暫くすると、再び誰かがやってきた様でした。
マクラクラン家の馬車でした。
中からさっきとは別の貴族の子っぽい服に着替えたクローゼとレン、そして商会の従業員らしき人が一人、やってきました。
どうしたのかと思ったら、アルト殿下とクローゼがこちらに来ている間に、商会に、少し気になるお客が来ていたそうです。
今まで商会とは取引の無かった子爵家の使用人がやってきて、取引を持ち掛けてきていたそうです。
レンを見て、あれこれ聞いてきていたそうですが、その内容が、君は学校へは行っているのかに始まり、どこの学校かとか、同じ学校に王族が通っているが、知っているかとか、君はなぜここで働いているのかとか、取引と関係ない話をあれこれと。
レンは適当に誤魔化していたそうですが、それでも気になり。
今回の事件と関係あるのかもしれないし、無いのかもしれないし。
なので取り急ぎ、報告に立ち寄ったというわけです。
商会の従業員の方は、その怪しい人物についての補足と、今後の対応をアンジェロ様に確認するために、一緒に同行しておりました。
アンジェロ様は、その子爵家について、裏から調べるように指示を出しておりました。
カーサノヴァ家と王家の関係について、疑われているのでしょうか…。
これは明日にでも、アルト殿下にも何とか報告を入れたい所だなと思いました。
アンジェロ様からも、クローゼに、学校で何とか接触を図るように指示されておりました。
こんにちは。恵葉と申します。
遊び半分で短編を書いたことは、何回かあったのですが、今年初めてそれなりの長さのものを書きました。
かなり手探りで書いているので、突っ込みどころもあるかと思いますが、生温い目で読んでいただければ。
そして一人でも興味深いと思っていただける方が居れば嬉しいです。




