別れと新たな出会い
ついにディアが帰る時がやってきてしまいました。
ディアと別れ、落ち込むヴィカには新たな出会いも…。
《再びディアの視点》
あの日、山で不覚にも熟睡してしまったことで帰りが遅くなり、皆に凄く叱られました。
でも岩の上で眠ったはずなのに、山へ入る小路の入口で僕に起こされたヴィカは、何でそんな場所にいるんだろう聞いてきました。
なので話を逸らすわけではないけど、森の精霊について、聞いてみました。
「ねえ、ヴィカは森の精霊に会ったことはある?」
「森の精霊って誰?」
「緑色っぽい服を着て、緑色の長い髪の男の人と女の人だよ…ヴィカの事を知っているって言ってた。」
「緑の髪のお兄さんとお姉さんは、小さい時から本当に時々だけど、遊んでもらったことがあるよ。
でも森の精霊は知らない。
お兄さんとお姉さんのことは、誰にも言っちゃだめって言われたから、誰にも言ったことは無いんだけど、ディアは会ったの?」
どうやらヴィカは、幼い頃から何回か一緒に遊んでもらったお兄さんとお姉さんという認識で、彼らが森の精霊という事は知らないようだった。
そして僕が会ったと知ると、ヴィカも滅多に会えないらしくて、会いたかった、起こして欲しかったと言われてしまいました。
結局僕は、次の春が来るまで一年には少し足りないくらい、ヴィカと一緒にいられました。
そして不思議な事に、その間、ヴィカのご両親もお兄さんも、誰も領地には来ませんでした。
ヴィカの御父上は、僕の居所が知られないように領地に近付かなかったみたいだけど、御母上や兄上はヴィカに興味が無く、領地もあまり好きではないという事を、侍女たちの噂話から知ってしまい、御父上が来ないのは僕のせいでもあり、ヴィカに対して申し訳ないなとも思いました。
そういえばヴィカの誕生日は秋なのだが、誕生日にさえも何も来なかったらしい。
僕の世話係のルチアが言っていた。
ルチアはハンナと仲良くなった様で、ハンナからヴィカやヴィカの家族の話も聞いてきたりするのだけど、ヴィカの家では、常にヴィカの兄上ばかりが優先され、ヴィカは誕生日さえもロクに祝ってもらったことが無いらしいって。
それで慌ててルチアと、ヴィカの誕生日に何か出来ないかと考え、僕の持っている昔、叔父から貰った双頭鷲のペンダントを二つに割って、片方をプレゼントする事にした。
と言っても僕では綺麗に割れないから、ルチアが街のアクセサリー屋さんで、もう一本のチェーンも買って、二つにしてもらってきてくれた。
ヴィカの誕生日、邸でも、ハンナやオルカ以外は、何もしない雰囲気だったので、不思議に思ってヴィカに聞いてみた。
「ねえ…明後日って、ヴィカの誕生日でしょ?何かするの?」
「ううん、何もしないよ。私、誕生日を祝ってもらったことなんて無いし。
あ、でもハンナやオルカは、おめでとうって言って、刺繍をしたハンカチとかリボンとかくれるよ。
そもそも今年なんて、領地には家族は誰も居ないし…あ、でもいない方がマシかな?」
僕にはとても不思議に思って更に聞くと、ヴィカの兄上の誕生日がヴィカの三週間前らしい。
そして御父上の誕生日がヴィカの二週間後だとか。
なので子供のころから、自分の誕生日を祝ってくれないのかと聞くと、兄上若しくは父上の誕生日と一緒に祝っていると言われてしまうのだそうだ。
下手にしつこく言うと、終いには叱られてしまうので、結局黙るしかない。
ヴィカが言うには、目の前に居るのに、全く祝ってくれなくて、しかも兄上や御父上との違いを見せつけられ、それを言うと叱責されるから、それだったら居ない方がマシということらしい。
ヴィカの御父上は、僕を助けてくれているけど、それでもヴィカの家族ってよく分からない。
ヴィカはあのご両親の子ではないのだろうか…。
気になったけど、ハンナやオルカなら知っているかもしれないけど、聞ける雰囲気でもなくて、二人きりの時にルチアに聞いてみた。
ルチアも気になってはいるみたいだったけど、でもそこは他所様の家の事情にむやみに首を突っ込んではいけないと、窘められてしまった。
【ヴィカの家族】
今日、ディアに私の家族について聞かれた。
ディアは、家の事情で我が家に預けられたけど、それでもご家族は心配して、時々手紙を送って来るらしい。
手紙さえも危険があるとかで、なかなか送れないし、まして会うことはもっと出来ないけど、それでもとても気にしてくれていて、家族仲は良いらしい。
そのディアから見て、うちは私は一人領地に置き去りにされっぱなしだし、手紙とかもほぼ来ている様子は無いし…その前に全く来ていないんだけどね…だからあんまり家族の仲が良くはないのかと。
まあ貴族の家なんて、そもそもが政略結婚も珍しくないから、夫婦間が冷めていて、子供は使用人に任せっぱなしで放置とか珍しくも無いし。
でもディアが何か変というのは、兄は可愛がられている様子なのに、私だけがというのが変だと。
しかも私がそれに対して、全く気にする様子が無いのもどうしてなの?と聞いてきた。
私の前世、実は母とはかなり不仲だった。
物心ついたときには既に母のことは嫌いで、その理由までは分からなかった。
兄とは元々仲が悪かったわけではないが、気が付けば冷戦状態になっていた。
母については、子供のころから全てにおいて、兄優先で、例えばご飯のメニューも、何が食べたいか聞かれて答え、それを作ってくれると言ったのに、その後で兄が別の物を希望すると、兄の希望が私の嫌いな物であっても、兄の食べたいものを作るという徹底ぶりだった。
それで私が母に「作ってくれるって言ったじゃない!」と強く言い、それを聞いた兄が「気に入らないなら食うな!」と私に返したことから「だったら良いよ!食べないよ!」と家を飛び出したこともありました。
作ってくれるという約束を破ったばかりか、私が嫌いなものを作ったのは母なのに、嫌なら食べるなとか、理不尽すぎる。
誕生日についても、実は私は前世でも親に祝ってもらったことは無い。
冗談ではなく本当に…。
前世でも兄の誕生日は私の三週間前で、父の誕生日は私の二週間後で、母はいつも兄の誕生日や父の誕生日には、それぞれの好きなものを作り、時にはケーキを用意するも、私の誕生日には私の好きな物さえも作られたことは無く、下手すると前日の残り物や、私の嫌いなものを晩御飯に出してくるのでした。
流石に嫌いな物や残り物ばかりの晩御飯の時に、「お兄ちゃんの誕生日は祝ったのに、私の誕生日は?」と聞いたことがあるのですが、「お兄ちゃんの誕生日の御馳走がお前の誕生日も兼ねてだった」と言われる始末。
父の誕生日の後に言うと、「お父さんの誕生日と兼ねて」と。
つまりは私の誕生日は祝われない。
誕生日プレゼントも然りで、ある年なんて、兄の誕生日には、兄が欲しがっていたアイドルのCDを買ってあげたのに、私には近所のスーパーのセール品のハンカチ二枚だった事もあった。
挙げたらキリがないくらいに、母からは理不尽な目に遭い、現世では現世の母と前世の母は、同じ魂だと気付いた時から、もう家族に何も期待しなくなった。
正直言って、母のことは本当に嫌いだった。
どうでも良くなったのは、高校生の頃に、母が兄に対してどう思っているかと、その理由が分かった事が切っ掛けでした。
前世の母は、私が生まれた時、子供を二人も育てることが出来ずに、兄を自分の実家へ預けたのでした。
「お前が生まれたからお兄ちゃんは、伯母さんに預けられて、可哀そうだった。」
母はそう言ったのでした…だから兄は可哀そうな子なのだと。
でも実は兄は可哀そうな子でも何でもなかったことも知っているのでした。
兄を預かった伯父夫婦は、兄の事を非常に可愛がり、実は母が子供を二人は育てられないのなら、兄を養子に貰えないかと真剣に考えたらしいです。
私が男の子だったら、伯母は兄を貰いたかったと言っていました。
でも私が女の子だったから、兄しか跡取りが居ないからと、養子に欲しいというのは諦めたと言っていました。
兄は決して可哀そうな子ではなかったけど、でも母から見たら、兄は私のせいで親元から引き離されて、伯父たちに預けられた可哀そうな子だったのでした。
私から見たら…(え?!それ私のせい?子供を二人も育てられないのに、無責任に私を産んだお母さん自身のせいでしょ?!何でそれを私が責められなくちゃいけないの?!)という所だったのですけどね。
兄は5歳くらいの時に、我が家へ帰ってきましたが、本人は伯父夫婦の家に2年かそこら、預けられていたことは記憶が無いらしいです。
でも伯父一家が、兄の事を特別に可愛がっている事と、母の兄贔屓が凄いことは自覚していました。
それでも私は、そんな前世の教訓から、例え血のつながった親であっても、親が必ずしも子供に対して愛情があるなんて期待は皆無となり、そして前世の母と現世の母が同じ魂と気付いたからには、なお更当たらず触らずで、何も期待せず、出来るだけ関わらないようにと冷めた目で見るようになったのでした。
とはいえ、そんな事は愛情のある家庭で育ったディアには言えない。
母以外に対しても非常に冷たい態度を取る事があるのは、同様に前世での記憶からによるものですが、それはまた別の話。
ディアには、両親も兄も、血のつながった家族である事、でも色々あって、私ははずれた存在なのだとだけ答えておきました。
それ以上は本当に聞かないで欲しい。
どうでも良いって冷めているけど、それでも傷が全くないわけではなく、えぐられるのよ…。
ディアと過ごした今年の私の誕生日は、オルカからは刺繍を入れたハンカチを、ハンナは娘さんが子供の頃に来ていた洋服を私のサイズに合うように、そしてデザインも変えて、仕立て直してプレゼントしてくれました。
その上、ディアが叔父様から貰ったという大切な双頭鷲のペンダントを二つに割って、二つのペンダントヘッドにしてプレゼントしてくれた。
ルチアは最近街で人気だというケーキ屋さんのケーキを買ってきてくれて、お茶の時間に、小さな誕生日パーティーを開いてくれた。
今までの人生で、一番幸せな誕生日だった。
ディアとお揃いで、しかも二つで一つになるペンダントは、一生の宝物で、ずっと大切にすると誓った。
ディアからは、これがあれば、ディアが家へ帰ってしまっても、どこかでまた会えた時に、目印になるねと言われた。
私たちは女の子だけど、でも野山を駆け回るやんちゃな令嬢なので、鷲はお似合いだと思う。
そして春の初め、もうすぐ春が来るという気配が感じられる頃、もうすぐディアの誕生日なのに、ディアは帰る事になったと、久しぶりに来た父から言われた。
ディアも帰りたくないと泣いたけど、私も泣いたけど、私はどうにもならないのも分かっていた。
うちの家族に関する限り、私の希望は通ったことは、殆ど無いので。
それにディアにはディアを愛する家族が待っている。
悲しいし辛いけど、仕方がない。
明日にはディアが発つという前日、ディアと私は、邸を抜け出し、森に居た。
あのすっかり寝過ごした岩の上で、ただぼーっと最後の時を過ごしていた。
私は、亡くなった祖母に貰った薔薇の花を象ったイヤリングを、二つのイヤーカフに作り替えて持ってきていた。
イヤリングは左右あるのが普通だけど、イヤーカフは片方だけなのが普通だから。
そして少し早いディアへの誕生日プレゼントに、そのイヤーカフを渡そうとした時、あの緑のお兄さんとお姉さんがやってきた。
お兄さんはディアにこう言った。
「帰る時が来たんだね。」
ディアが悲しそうに頷くと、私に
「そのイヤーカフを貸してごらん」
と手を差し出しました。
その手に二つのイヤーカフを載せると、お兄さんの掌が明るい緑色に輝いてイヤーカフを包み込み。
光が収まると、再び掌をこちらへ差し出し、イヤーカフを返してくれました。
ディアと一つずつ手に取り、耳につけると、そのイヤーカフは不思議な温かさがありました。
そしてお姉さんは
「私たちの加護を与えましたから、大切になさい。
あなたたちをきっと導いてくれるでしょう。」
そう言って、そしてその日はお兄さんとお姉さんはそのまま消えていきました。
太陽が傾きかけた頃、私たちは俯いたまま、邸へ戻りました。
ディアは、ずっと何かを考えている様子だったし、何回か、何かを言いかけたけど、結局、何も言うことも無く、翌朝、発っていきました。
私は馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けました。
私の落ち込みが激しかったこともあり、オルカが父に、歳の近い遊び相手を作ってあげた方が良いのではないかとしつこく提言してくれて、試しに時々、ハンナの孫たちが邸に遊びに来てくれることになりました。
私と同じ年の男の子と、二つ下のその弟、それに私より二つ年上の女の子でした。
女の子はハンナによく似た面倒見の良い優しいお姉さんで、私はすぐに懐きました。
男の子たちは、完全にお茶菓子に釣られて来た子たちで、最初は仲良くしようとする素振りさえもありませんでした。
お邸のお嬢様となんて、遊べるか!という感じでした。
しかしある日、普段は夜のみ身に着け、日中は鍵付きのオルゴールのついたアクセサリーボックスへ入れておいた、ディアからもらった大切なペンダントを、うっかり身に着けたままにしてしまい、それを見た私と同じ年の男の子が、
「そのペンダントカッコいいな!男の方が似合うから、俺に寄越せよ!」
と奪おうとしてきて、大喧嘩に発展しました。
「ダメ!これは絶対にダメ!!!」
と渡すまいとする私に、奪い取ろうとする男の子。
私は守ろうとしてとっさにペンダントヘッドを握りしめながら回し蹴りを繰り出し。
とっさに避けようとしたものの、多少は蹴りが当たってしまった男の子は怒り狂い。
「何すんだよ!ちくしょう!絶対に奪ってやる!」
と飛び掛かってきて。
そこへハンナがやってきて、男の子はこっぴどく叱られ、
「あれはお嬢様の大切なものなんだから!しかもそれを男が女の子から無理やり強奪なんて、恥を知りなさい!」
怒鳴られ。
私が涙目で応戦していたことに気付いた男の子はようやく自分がやっていたことに気が付き
「ごめん…。」
と謝ってきました。
その日はそのまま無言で別れ、もう男の子は来ないだろうなと思っていました。
同時に、ディアが懐かしくて会いたくて。
翌日もディアに会いたい思いを引き摺ったまま、一人で山へ入っていきました。
あのディアと、そして森の精霊たちとの秘密の場所である岩までは、多少の距離があるので諦め、その途中にある、ススキに似た背の高い草をかき分けていくと、突然現れる木のところへ行き、木によじ登ろうとしていた時でした。
「おまえ…お嬢様のくせに何やってんだよ…。」
何故か男の子が草をかき分け現れました。
「何でここに居るの?!」
驚いて聞くと少し顔を赤くして目を逸らし
「ごめん…昨日のことを謝りたくて、お邸へ行ったら、お前が一人で山に入っていくのが見えて、追いかけてきたんだよ…。」
と謝ってきた。
もう来ないだろうと思っていたので、とても驚いて、言葉を失くしてしまった私に、再び謝ってきた。
「昨日、ばあちゃんに言われたんだよ。凄い大事なもんなんだって。本当にごめん!」
そこまで謝られるとね…。
「もう良いよ…。でも本当に凄く凄く大切なものだから、二度と手は出さないでね…。私も蹴ってごめんね。」
と私も謝りました。
「ところでお前、木に登ろうとしているように見えるんだけど…。」
と言われ、いやいや、邪魔されなかったら登るんだよ、今日は木の上でぼーっとしたいんだよと思いながら答えました。
「うん、登るんだよ…。木の上で休みたくてね…。」
「え?!お前、お邸のお嬢様だろ?!木登りなんて出来るのか!?
あ、でもごめん、お前、回し蹴り出来るんだよな…木登りも出来るかもしれないよな…。」
と苦笑いをして返されました。
「俺も登っていいか?」
というので、二人で登り、暫くぼーっとしていました。
でもふと口留めしなくてはと思いだし。
「ねえ…ハンナにも他の誰にも、この場所の事も、私が木登りしていることも言わないでね…。
代わりにこれ、あげるから…。」
と木の上で食べようと持ってきていたフルーツケーキを半分差し出した。
「…言わないよ…。その代わり、俺も時々、ここに来ても良いか?」
「黙っていてくれるなら良いよ…。」
それから時々私たちは、ここで会うようになった。
勿論、お邸へも時々顔を出し、一緒に遊んだりしたけれど、私が一人でここに居ると、時々ふらっと男の子が来たり、私が一人で来ると、男の子が一人で木の上でぼーっとしていたり、ここでは穏やかな時間を過ごすようになった。
こんにちは。恵葉です。
只今、本業が忙しいのに、現実逃避で作品を書いています。
まだアップしていませんが、別のお話まで書き始めてしまっております。
不定期な更新ですし、不定期なアップですが、少しでも楽しいと思ってもらえるものを書けたらなと思います。