37
あの時のセフィラス視点。
「さて。これで終わったわ。すっきりした。たかが人間のくせに、私の意に従わないからこうなるのよ」
北の魔女は立ち上がり、多くの男を惑わす体を揺らしながら、わたしの方へと歩み寄る。
「美しいエルフの王子。あんたは人間に肩入れをしないと言っていたはずなのに。随分、レインの味方をしていたじゃない」
魔女に声を封じられている。だがエルフは生きとし生けるものとつながっていた。私の心の声に応じた者達が、間もなく来る――。
「レインは勿体ないことをしたわ。まさか剣で斬り殺されるなんて。あの人間の男。マーネ王国の王の息子なのよね? 後でやりこめないと。……さて。セフィラス王子。あなたも私の中ではお気に入りなのよ。誇り高きエルフ王の血筋ですものね」
北の魔女の赤い爪がわたしの顎を持ち上げた時。
「な、なによっ!」
ブブブブブブ、ブブブブブという激しい羽音と共に、大量のスズメバチが北の魔女に襲い掛かる。さらに彼女の足元には軍隊蟻が集結していた。さらに毒蜘蛛も森の中から北の魔女へと向かっていく。
魔女は炎の魔法を使うが、虫達はあきらめない。
そして数で魔法を凌駕する。
「セフィラス、あんたの仕業ね! 止めなさい!」
叫ぶ北の魔女に、先ほどまでの妖艶さはない。
あちこちが腫れあがり、見るも無残な姿になっていた。
そして――。
大鷲が投石した岩が、北の魔女の背中を直撃した。
地面に倒れた魔女の体は、軍隊蟻と毒蜘蛛に覆われて行く。
その命の灯火が弱まることで、わたしは勿論、周囲のエルフの騎士達の体も動くようになった。騎士に命じ、チェルシーとジルを館に運ばせる。
「いつからチェルシー嬢の父親と入れ替わったのですか? 答えなければ、苦しみは長引くことになります」
わたしの手の動きにあわせ、虫達の動きはピタリと止まる。
「魔女と言えど、その体は人間と変わらないはず。……それでいて毒の周りは遅い。苦しいでしょう?」
「ひと思いに殺しなさいよ!」
わたしが沈黙すると、スズメバチ達のブブブブブブ、ブブブブブという激しい羽音だけが響く。
その音は……今の状況で、魔女の心を折るに足りたようだ。
「……男爵令嬢とチェルシーが、街で接触したところを見ていたのよ。レッドダイヤモンドを巡り、二人が対立していると知ったわ。そこで男爵令嬢について調べてそして……使えると思ったのよ。チェルシーの父親を操り、金庫に保管されたレッドダイヤモンドのイヤリングを、魔法石のイヤリングにすり替えさせた。父親の体に化けたのは、ついさっきのことよ!」
「父親はどこに?」
「村の宿のクローゼットの中に、閉じ込めてあるわ」
「生かしていますよね?」
「魔法で眠っているだけよ!」
そばにいた騎士に声をかけ、村へと向かわせる。
そして北の魔女と再び向き合う。
「ジルという男性には、何をしたのですか」
「その男が、チェルシーに好意を抱いていることには気づいたの。私がけしかけるまでもなく、勝手に動くと思ったし、チェルシーを罠に落とすなら俄然、男爵令嬢に加担した方がいいと思ったのよ! だからその男については何も……いや、さっき、少し操ったわ。短剣を使い、チェルシーを害してやろうと思ったけど、セフィラス王子様、あなたが邪魔をしたでしょう」
北の魔女は皮肉に満ちた笑みを浮かべる。
自分がしたことへの反省は残念ながら感じられない。
「罪深い魔女。わたしがこれだけ動けることの意味、既に理解していると思います。もう、あなたはお終いです。これまでしたことを改める気持ちがあるならば、レイン王子とチェルシー嬢が次の転生で必ず出会い、結ばれるよう祝福を与えなさい。そうすれば、あなたのそのすべての傷を癒し、安らかな眠りを与えましょう」
魔女は黙り込む。この期に及んでも、損得を考えるその精神力は、さすが北の魔女。ならば……。
一匹のスズメバチが魔女の耳に止まる。
ブブブブブブ、ブブブブブという激しい羽音を響かせた。
「祝福を与える! き、北の魔女の名において、残る全魔力を全て投じ、二人の人間の魂に永遠の祝福を与える。レイン・リム・エヴァンズとチェルシー・バークモンドは何度転生しても必ず出会い、未来永劫結ばれる――」
北の魔女にしては上出来の祝福だった。
虫達に帰還を命じ、魔女の体に向け、回復の魔法をかける。
すっかり元通りになった魔女だが、もう体を動かすことはない。
既に魔力が尽き、その命は風前の灯火だった。
「エルフ王の血を継ぐセフィラスの名において、北の魔女へ祝福を与える。願う場所にその身を転移させ、永遠の眠りにつかんことを。悪しき者の魂は、未来永劫封じられる――」
風が吹き、その場から北の魔女の姿は消える。
チェルシー、レインこれで終わった。
もう大丈夫。君たちは何度命が尽きようと、再び出会い、結ばれる運命なのだから。
その頃、チェルシー、レインの体が安置された館の祭礼の間に、静かに一筋の光が降り注いだ。
~ fin. ~
次話の「38」はアナザーエンディングです。
セフィラスがなぜレインやチェルシーと関わるのか。
それはアナザーエンディングの「44」以降で明らかに。

























































