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迷路が幽す

作者: 雉白書屋

 迷路。迷路。巨大な迷路。

 都市部を離れ、その郊外。嘘か真か、かつて多くの旅人を迷わせたと言われる森を平らにし、建設されたその巨大な迷路は、果てが見えない。

 と、いうのは円形のため。地球の始まりから歩き、ぐるっと一周すれば着くのはまた始まり、それと同じ。

 だが迷路というものには始まりと終わりがある。

 入り口と出口。それはコンクリート造りの壁と天井で覆われている。


 その迷路の、もう一つの意味での始まりは、とある大富豪。

 彼が画を描き、建設が始まったその巨大迷路は二転三転七転八倒跳梁跋扈。

 工期に僅かでも遅れが出ようものならすぐに首切り、別の建設会社に鞍替え、そこでも急かされた作業員は首吊り。頭を挿げ替えること四度目。

 すでに図面は作者の手から離れ、現場監督の手からも離れ、どうにか形になればいいと、急いで資材を中に運び込み作り上げるその様は蟻ほどの計画性もなし。

 考えるより先に手を動かせと怒号が飛び、日雇い労働者たちが思い浮かべるは砂漠の奴隷。干乾びた脳が出す指令を受け、その手で作られていく迷路もまた俯瞰で見れば脳のよう。皺を刻み、骨で覆う。

 日に日に複雑化していく迷路。以前の建築会社の作業員が出られず、今も彷徨っているなどと噂が流れたのは必然か。

 その迷路には地下がある。

 ほんの一段。舞台下の奈落だが、それが作業員を悩ます主な要因。

 二つの図面を取り違え、作業が進められることもしばしばあった。後に間違いに気づき、階段を埋めまた階段を造り、壁を壊しまた壁を埋めて……。その繰り返しの最中、時折聞こえる「おーい」という声はどこからか。

 足元からだけとは限らない。突き当りを曲がった先か、あるいは壁の中。それともすぐそばの闇の中からか。もしくは自分の喉の奥からか。

 頭上が灰色に覆われたあと、頼みの綱は作業灯。それが今、蝋燭を吹き消すかのように消えた。

 迷わぬようにと体に結んだロープはいつの間にか千切れていた。

 恐らく、他の作業員が邪魔だからと切ったのだろう。自分も何度かそうしたから分かる。

 太陽にもアリアドネも見放され、手探りで闇の中を歩くその気分はモグラというよりかはミミズ。

 蠢き、額の内側、脳の中をくすぐられる気分に吐き気がし、叫んだ声は反響し、誰のものになったのか。

 いまの「おーい」は誰のもの。今の叫びは誰のもの。今の泣き声は。今の笑い声は。ここは誰の脳の中なんだ。


 行方不明者が探されることはない。現場は疲弊し、誰も彼も虚ろな顔。構っていられない。

 逃げ出す者あれば駆り出される者もあり、そもそも全体数を把握することは困難。

 

 それでも迷路は完成した。

 高齢ゆえ、すでに創案者の大富豪は没し、式典には遺影が掲げられた。

 

『見事、迷路を攻略した者には賞金を』『迷路の中に宝を設置した』

 それが遺言。現代に聳え立つ迷路、その番人は牛の頭の怪物ではなく法律家。向こう百年は迷路を壊さぬように。これも遺言。それを守る。

 そんなに時間がかかるか、と笑う参加者たち。

 友人同士、家族連れ、恋人同士、マスコミ、タレント、老人、中年、若者、子供。

 あらゆる人間を迷路が呑んだ。

  

 初日は四百人。二日目は八十人。三日目は百九十人。

 

 警察は先遣隊の八十名が戻らず、追加で人員を送ったがそれも戻らず、迷路を封鎖する判断に至った。

 取り壊せと看板掲げ、迷路の前で声を上げる者たちも日に日に距離を開け、行方不明者の身内や富か名声を求めたのか迷路の中に忍び込む者たちも姿を消し、やがて完全に迷路には誰も寄り付かなくなった。

 

 それは勢力を取り戻した草木や蔦に覆われ、存在そのものが幽かなものとなったためか、それとも人が心の奥底へその存在を幽閉したのか。

 

 風が強い夜、ふとどこからか聞こえたというその声は狂人の戯言。


 地獄と現世を繋ぐのは穴だけじゃない。

 あの迷路は装置。

 あの大富豪は迷路から、この世に帰ってこようと考えたのではないだろうか。

 

 そんな噂がまことしやかに囁かれたが、未だ迷路から出て来た者はなし。

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