勇者と弟子の深刻な悩み
俺の名はジオ。『勇者』だ。
『剣豪』と『上級魔術師』、それに『弟子』の4人でパーティーを組んで魔物の討伐をやっている。
普段は『勇者』である事は隠し、ただの冒険者として活動している。
『勇者』である事が知られると、色々面倒な事が起きるからだ。
だが、『上級の魔物』など高レベルな魔物を討伐してしまうとさすがに隠し切れない時がある。
そういった時は討伐が完了したら迅速に撤退して姿を眩ますのだ。
しかし今回は、撤退の際の混乱で仲間とはぐれてしまった。
夜も更けてしまったので立ち寄った町で宿に泊まる事にした。
「すまねぇな、今夜は客が多くて部屋が一つしか空いてねぇんだよ、それでもかまわねえか?」
宿屋の主人に部屋を頼んだところ、この返答だ。
「それは困る、何とか二部屋用意できないだろうか?」
今は弟子と二人だった。
「あんたら冒険者のパーティーメンバーだろ?別に問題ねぇんじゃねえのか?」
いや、問題大ありだ。
なぜなら・・・弟子は女性なのだ。
「男女で同じ部屋に泊まるわけにはいかない。なんとか都合をつけてもらえないだろうか?」
「何言ってやがんでぇ!あんたらどこからどう見ても恋人どうしじゃねえか?」
冒険者の男女二人のパーティーは恋人同士か夫婦である事が多いと聞いたことがある。
「いや、違う」
「いいから泊まるか泊まらねえかさっさと決めてくれ!」
どうしたものか?
弟子は魔物の討伐で疲れているし、出来ればベッドで寝かせてやりたい。
「あの、ジオ様、私は同じ部屋でも大丈夫ですよ?」
弟子のララが話しかけてきた。
心なしか顔が赤い。そしてなぜか少し嬉しそうな顔をしている。
「そういうわけにもいかないだろう?」
「野宿の時は一緒に寝ていますし、私は別に気にしませんよ?」
ララは本当に真面目で良く出来た弟子だ。
初めて会った時は、魔物相手に単身で自らの命を懸けて町の人々を魔物から守ろうとしていた。
その姿を見て、次の勇者は彼女しかいないと確信した。
子供の頃は勇者の嫁になるという無邪気な夢を思い描いていたようだが、不愛想な俺に出会って幻滅したらしい。
悪い事をした。
だが、勇者の後継者になる事を進言したら、勇者という仕事にやりがいを見出したらしく、快く承諾してくれた。
生まれながらに勇者の魂を持ったすばらしい人材だ。
その後も、学院では勉学に真剣に取り組んで優秀な成績を修め、剣術の修行にも励み瞬く間に上達していった。
魔物の討伐にも参加し着実に実力を伸ばしている。
とにかく真面目で、何にでも一生懸命な子なのだ。
それでいながら、俺に対する気配りも忘れない。
食事に興味の無かった俺に、料理の美味しさや食事の楽しさを教えてくれたり、感情の乏しい俺に様々なユーモアあふれる冗談で楽しませてくれようとする。
そしてその容姿だ。
初めて会った時はまだかわいらしい少女だったが、最近はすっかり魅力的な女性に成長した。
感情が乏しく勇者の能力で精神的な影響を受けにくい俺でさえ、時々心を奪われそうになるほどの美しさだ。
しかし俺を師として尊敬し、兄のように信頼してくれている彼女に対し、邪な感情を抱いてはならない。
とにかく今夜は彼女をゆっくり休ませる事が優先だ。
俺は睡眠をとらなくても疲労が回復できるから、外にでも出ていればいいだろう。
「わかった。部屋を借りる事にする」
「おぅ!そうと決まったら鍵をわたすぜ!料金は前払いだ。それとこの宿には温泉もある。ゆっくり疲れを流すといい」
「ジオ様!温泉があるそうですよ!楽しみです!あとで入りに行きましょう!」
「ああ、そうだな」
ララはきれい好きなので風呂が大好きだ。
この宿に泊まってよかった。
部屋に荷物を置きに行ったら、それなりに広い部屋で大きめのベッドが2つあった。
横並びにくっついているが・・・
「ジオ様、これなら一緒に寝ても大丈夫ですね!」
「いや、俺は外に出ていようと思う」
「ダメですよ!ちゃんと寝ないと!勇者でも心のやすらぎってものが必要なんです!」
ララは時々母親みたいな時がある。
「わかったわかった。きちんとベッドで寝る」
「よろしい! とりあえず夕食の前に温泉に行きましょう!」
「ああ、そうだな」
俺とララは温泉の入り口まで一緒に歩いていき、男湯と女湯の入り口に分かれて入った。
「ではまた後で!」
「ああ、ゆっくり温まるといい」
俺は脱衣所で裸になり、タオルを腰に巻いて浴場に出た。
どうやら他には客はいないようだ。
体を洗って湯につかった。
「ふぅ」
ララと出会う前は、こういったやすらぎの時間を持つ事など考えもしなかった。
勇者の能力で体の疲労も精神のダメージさえも超回復してしまう俺は、休息など意味が無いと思っていた。
しかし実際には心は摩耗し疲労が溜まっていたのだ。ララがその事に気付かせてくれた。
「みんなララのおかげだな」
すると浴場ににもう一人誰か入ってきたようだ。
「お隣、いいですか?」
「え!ララ?」
「あれ!ジオ様?」
声の方を見ると湯煙の中にララが立っていた。
小さなタオルでかろうじて大事なところだけは隠しているが、体のラインは丸見えだった。
「すまない!俺が間違えたか?」
慌てて眼をそらしたが、一瞬だけ凝視してしまったララの姿が目に焼き付いて離れない。
「いっ、いえ、どうやら混浴だったみたいです」
「とにかく俺は出るから!」
立ち去るために急いで立ち上がろうとした。
「きゃっ!」
ララがかわいらしい悲鳴を上げた。
しまった。俺も今は裸だった。お湯から出たらララに全て見えてしまう。
慌てて湯の中に戻った。
しかし、どうしたものか?
「じ、ジオ様・・・寒いので隣に入ってもいいですか?」
「あ、ああ、そうだな、そのままだと風邪をひいてしまう・・・」
「では・・・失礼します」
ララは俺から少し離れたところに横並びに湯につかった。
湯につかる際にはタオルは体から外している。
俺はララの方に視線がいかない様に正面を見つめ続けた。
目をつぶれば良かったのだが、心のどこかでララの姿が見たいという欲求があったのかもしれない。
俺は何と浅ましいのだ。
「ふぅ、あたたかいです」
「すまない、事前にきちんと確認しておけば良かった」
「いっ、いえ・・・・でも、こうしてジオ様と並んで温泉に入れるなんて・・・ちょっと嬉しいです」
ララは意外と冷静だな。
きっと俺の事を父親か兄のように思って信頼しきっているのだろう。
・・・俺が変に動揺して不快な思いをさせない様にしないと。
しかし、先ほどのララの姿が鮮明に脳裏に焼き付いてしまって離れない。
今も視界の片隅に映るララの存在をどうしても意識してしまう。
自分には無いと思っていた性的な欲望が目覚めそうになるのを必死に抑え込む。
どういう事だ?勇者の精神防御機能が正常に機能しなくなっている?
勇者である自分が欲望のままに女性を襲うなど絶対にあってはならない事だ。
ましてや自分が最も大事にしたいと思っている相手だ。
絶対に、傷付ける訳にはいかない。
「ジオ様、こうしていると気持ちいいですね」
「ああ、そうだな、疲れが取れる」
「ジオ様が心をやすめる事が出来て私もうれしいです。ジオ様と一緒に、こんなゆったりした気分を共有できるなんて、私は幸せ者です」
「俺も同感だ」
ああ、ララは何て崇高な精神の持ち主なんだ。『勇者』よりも『聖女』の方がふさわしいのではないか?
そのような相手に邪な感情を抱きそうになるなど、俺は最低だ。
しかし、なぜ勇者の精神防御機能がこんなにポンコツなんだ? 能力が弱体化しているのか?
俺は勇者の能力に頼らず、自力で己の欲望と戦い続け、表面上は平静を装った。
天国と地獄が同居するような時間の後、ララには俺が目をつぶっている間に先に浴場から出てもらった。
その後は一緒に夕食を食べた。
ララはその地域の名物料理があると、一通り食べないと気が済まない。
おいしそうに食べながらも、料理の材料や作り方を分析し、後で同じ料理を俺に作ってくれるのだ。
ララがおいしそうに食事をする時の表情や、料理の分析をしてる時の楽しそうな表情を見るのは、俺にとって一番幸せな時間だ。
ララは料理の腕前も一流だ。
本人曰く、食事に興味の無かった俺に、食事の楽しさを知って貰いたくて色々工夫して、料理を美味しく作っているそうだ。
本当に、なんとけなげで献身的なのだろう。
そして問題の就寝の時間になった。
「やはり一緒に寝るのは問題があると思うのだが?」
「どうしてですか?私はジオ様が隣にいた方が安心して眠れるのですが?野宿の時もそうですよ。それにジオ様にもゆっくり休んで頂かないと、私も心苦しくて休まりません」
野宿の時は屋外だし装備を付けたまま寝ている。
今は二人きりの個室でララは薄手の部屋着しか着けていない。
体のラインがはっきりわかるのでどうしても先ほどの温泉での姿を思い出してしまう。
しかし、邪心の無い純粋なララの申し出を無下に断るわけにもいかない。
「わかった。同じ部屋で寝る事にしよう」
かくして再び天国と地獄の時間を過ごすのであった。
~~~~~~ 弟子目線 ~~~~~~
はぁ、今日はどうしてこんなにおいしいイベントが盛りだくさんなの?
まさかの混浴イベントで、ジオ様の裸体が堪能できるなんて!
想像してた通り、いいえ、それ以上の整った筋肉美!
彫刻以上の美しさだったな!
ジオ様がお湯から出ようとして、もう少しでジオ様の全てが見えるところだったのに!
興奮して思わず先に声が出てしまった。
残念な事にジオ様は再びお湯の中に隠れてしまった。
もったいないことしたなぁ。
勇気を出して隣に入浴したけど、結局何もできなかった。
ジオ様が襲ってくれないかな?とか、こっちから襲っちゃダメかな?とか、頭の中でふしだらな妄想がぐるぐるしてしまった。
でも、クールで真面目なジオ様に嫌われたくないってのがあって、やっぱり踏み出せなかった。
ジオ様は私の事、そういう対象として見てないからなぁ。
ふしだらな女だと思われてジオ様に嫌われてしまったら、もう生きてゆけない!
ベッドの中でも同じだった。
ジオ様と一緒に寝たくて、あわよくば一線を超えられないかなぁ?とか考えて、何とか無理やり説得して一緒に寝てもらったけど・・・
あれって、ジオ様は完全に保護者として添い寝してくれただけだよね?
あー! 温泉でジオ様の裸体が鮮明に思いだされて、妄想が頭の中を渦巻いて結局一睡もできなかったよぉ!
~~~~~~ 翌朝 ~~~~~~
「おはようございます!ジオ様」
「おはよう、ララ」
「昨日はよく眠れましたか?」
「ああ、ララのおかげでぐっすり眠れたよ」
「私もジオ様のおかげで安心して眠れました。おかげですっかり疲れが取れました」
「それは良かった」
「それではお二人を探しだして帰りましょう」
「ああ、そうだな」
完
興味のある方は本編の方もお楽しみください。