8.70日目
締め切りが近づいてきて、処刑台に逢いたくなくって震えるイグワーナです。70日目です。
ギャー
不安は大声を出せば消える、釈迦の教えです。ウソです。
なんかね、いてもたってもいられないから、元カレ未満に会いに行ってきたヨ。そうだよ、留学に来てる隣国の第五王子だヨ。第五王子なんて権力からめっちゃ遠いじゃーん。それでも行くのだ。だって他にやることねー。
「やあやあ、お久しぶりです、ペレグリーノ第五王子殿下。え、なんか感じ変わった? そりゃ、婚約者と妹に裏切られて、冤罪で処刑されそうってなったら、性格も変わるよね。貴族の仮面つけてたって、命が助かるわけでもないからねー」
やさぐれモード全開の私に、ペレグリーノ王子は若干、いやドン引きです。
私の体にピッタリ張り付くボディースーツは、王子には刺激が強すぎたようで、そっと上着をかけてくれた。紳士。
編集長なんて、上から下までじろじろ見て、なんだか同情の目で見てきたというのに。失敬だな、あいつ。
「あのですね、婚約者未満、元カノ未満のイグワーナから提案です。一緒にこの国乗っ取らない?」
ペレグリーノ王子は口を開けて閉めて、唾をごっくんと飲み込んでまた開けた。魚かな?
「イグワーナさん、僕たちなんの関係もないですよね。夜会で一度お話しただけではありませんか」
「そうですけど?」
ペレグリーノ王子はまた口をパクパクさせた。大丈夫か、この人……。
「ではなぜ、婚約者未満、元カノ未満などと、人聞きの悪いことを……あれ? 間違ってないのか? あれ? 語弊?」
「間違ってないヨ。語弊がひどいだけヨ。知り合い以上、婚約者未満ヨ。言葉って難しいネ」
聖母の微笑みを見よ。
「……その語尾の気持ち悪い感じはなんなんですか?」
「外国人と話してる雰囲気を出してたんでーす。もう締め切り間近でキレ気味でーす」
もう帰ってくれないかなーという表情で窓をチラチラ見るペレグリーノ王子。窓からお邪魔したからね。
「ほら、私ってもう失うものないじゃないですか。勢いでなんでもやっちゃう、どこでも行っちゃう、そうだ、簒奪に行こう、ってお誘いですよ。第五王子ってことは、ペレグリーノ王子は上の四人を処さないと王になれませんよねぇ。この国なら、陛下とコケだけでいいわけですよ。半分ですよ。どうヨ?」
ペレグリーノ王子は頭を抱えてうずくまってしまった。
「イグワーナさんが国家反逆罪と聞いたとき、あんなウスぼんやりした人がまさかと思ったのに。まさか本当だったなんて……」
イグワーナの評価のひどさよ。
「どうせ冤罪で処刑なら、本当にしちゃってもいいかなーと思いました」
ペレグリーノ王子は立ち上がると、やや涙目で言った。
「無理です」
ですよねー。知ってた。
「で、断るからには対価を見せろ」
完全なる言いがかりです。カモがネギしょってたら撃ちます、マフィアの掟です。隙を見せたら骨までしゃぶります。王族貴族の鉄則です。
「な、なぜ僕が対価を払わなければならないのだ」
「だって、国家反逆罪の極悪人と密室で簒奪の話してるとこ、誰かに見られたら困るよねぇ」
クイっとあごをしゃくって示すその先にはー。
カミッコにグルグル巻きにされて窓際に吊るされてるカモの大臣ー。
大臣は泣いていい。
怒っていいのか泣きたいのか、感情がごちゃまぜになって、無表情になってる大臣に部屋に入っていただきました。
「さて、三人寄れば文殊の知恵と言いますから、あ、東方のことわざです。ざっくばらんに腹割って話し合いましょうや。もうね、簒奪するか、私を助けるか、どっちかだよ」
しーんとする男ふたり。
「もー、そしたらさ、なんか私に有利な情報教えてよ。もうそれで勘弁したげるよ」
「ペレグリーノ第五王子殿下の母君の故郷は、我が国との境に位置してますな。そちらまでお連れしましょう」
おっと、大臣がイグワーナを隣国に押しつける気だぞ。
「中央教会の地下墓地の奥の奥のそのまた奥に、王家の秘密が隠されているという噂があります」
おおっと、ペレグリーノ王子が切り返した。
「ありがとう。ふたりとも採用。じゃあ、いざってときは、ペレグリーノ王子のお母さんの実家に逃げるわ。お義母さまって呼ぶ準備はできてるから」
青い顔した男ふたりに別れを告げ、私は颯爽と窓から飛び出した。目指すは中央教会の地下墓地〜。
「あ、大臣おいてきちゃった……。まあ、いっか、大人だから自分で帰れるでしょう」
さあ、さあ、やってきました中央教会。ここはイグワーナが洗礼式をした場所のようです。かすかに記憶が残ってます。
先遣隊として偵察をしてくれたカミッコたちが戻ってきた。地下墓地に向かう扉が見つかったらしい。
教会の扉を開けて……開かない。……めっちゃグイグイ押しても開かない。カミッコがしずしずと万能カギを渡してくれた。
あ、カギかかってたのね。カミッコたちがすいすいカギ穴から出入りしてたから、てっきり開いてるものと思ってたわ。
ガッチャン カギが開きました。
さあ、扉を開けて……開かない。……めっちゃグイグイ押しても開かない。涙目になってると、カミッコがくいくいっと私の髪を引っ張った。
ああ、引いて開けるのね。ははは。
ズズズズズっと扉が開きました。月明かりだけの内部はほとんど見えない。おそるおそる歩いて行くと、カミッコに右手の奥の方の扉に誘導される。今度はちゃんとカギを開けて、扉を引くと、ありました! 地下に続く階段がー。
でも真っ暗で何も見えません。ロウソクもランプも持ってない、どうするか。
イグワーナは目をつぶった。心眼で見るのだ、見えた……なわきゃない。でも大丈夫、三つ編みロープカミッコにやわやわ引っ張ってもらえば、歩ける。階段の最後の段だけ足がカクッとなったけどなあ。無傷!
どんどん歩くけど、どこにもたどり着かない。かれこれ小一時間歩いたけど、どこにも着かない。この間ずっと目を閉じていたので、途中何度かウトウトしてしまったぐらいだ。だって目を開けても閉めても同じ真っ暗闇。瞬きするエネルギーが無駄じゃん。
やっと、やっとどこかに着いたようです。ついに行き止まりです。えーどうしましょうね。おお、カミッコが上って言ってます。上って言われてもねぇ、何も見えないんですよねー。
三つ編みカミッコがクルクルっと巻きついて、上に持ち上げてくれます。指示されるままにカギを開け、扉を押して開け、ここは押すんかい、ズイズイと持ち上げられます。
随分と持ち上げられたあと、また扉。もう一度カギを開け、今度は扉を引いて開けると、どこかまぶしい空間にー。
そーっと目を開けると、まぶしいっ。目がー目がー。
やっと光に慣れてきて辺りを見回すと、椅子に座って私を凝視する爺さん。
陛下やーー。
と思った瞬間、頭をガッと叩かれて意識が暗転した。