7.60日目
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。イグワーナです。六十日目です。
なんですか、この国のおもしろい事情を聞いてきました。いやーあの編集長、なかなか見どころがあるよ。
再現します。ふわんふわんふわん……
ええーマージー、イグワーナはのけぞった。そう、ここからでしたね。
「俺はさ、親父もお袋もとっくに亡くなってんだわ。だから詳しいことは知らねえんだけど、この国って男しか上に立てないようになってるらしい」
「え、そうなの?」
首をかしげる私に、編集長は棚の中から古い巻物を出して広げて見せた。
「これ、王家と主要貴族の家系図。分かるか? ひとりもいないだろう、女の当主」
「あれ、でもそれって普通では?貴族ってたいてい男が家を継ぐよね」
「それにしても、こんだけ貴族家があって、ひとりも女当主がいないって変だぜ。少なくとも隣国は数人女当主がいるって話だ」
まあ、確かにいなかったような? イグワーナの社交の記憶がほとんどない……。お茶会も舞踏会もずっと食べてたのね、イグワーナ……。
「そういうロートリンゲ家はどうなんだよ」
「……ロートリンゲ家……ああ、うちね。ええー、私は獄中でマリワーナは王子と結婚するってことはー。知らね」
「知らんのかよ」
がっくりうなだれる編集長。ごめん、イグワーナは興味なかったみたい、この子ちょっとかなりアレな令嬢だったのでは疑惑が……。
「まあ、とにかくだな、酒場でうっすら聞いた感じだとな、この国の男は父親からなんらかの口伝をもらうらしいわ。父親が死ぬ前に、息子に伝えるんだと」
「へー」
「どうでもよさそうな反応だな……。その口伝がな、女は上に立てるなってやつらしい」
「ほー」
「いや、だからな、貴族だけじゃなく、商家でも肉屋でもパン屋でも男しか上に立てないの。おかしいだろ?」
「そうなの?」
がっくりうなだれすぎて、机にめりこむ感じになってる編集長。ごめんごめん。
「いや、男が上にいくってこういう世界では普通じゃないの? 男が働いて、女は子供産んで家事するんでしょ?」
前世のあちらの国もねー、上にいるのは男ばっかだったよねー。国会中継とかおっさん、いや、爺さんばっかだったじゃーん。
「まあそうなんだけど、限度っちゅうもんがあんだろ。例えばな、夫婦ふたりでやってた八百屋がな、亭主が死んじまってさ、子供もいなくて。そしたら女房が八百屋そのままやりゃーいいだろ? ところが気づいたらいつの間にか男の後継ぎが現れて、八百屋やってんだよ。で、女房は特に疑問に持ってる風でもなく、そのまま働いてんの」
「それは、なんかちょっと気持ち悪いね……?」
「だろ? やっと話が伝わったぜ」
やれやれと肩を回しながら編集長は、じゃあなと言った。
じゃあな、と言って私も帰ろうとしたら、ボディースーツからダメダメって止められた。なんでだろう?
え、大事なことを忘れてる? コレコレー。どれどれー?
「この国で革命起こる可能性ってある?」
「なくはないんじゃない?」
マージー?
あ、ほんまや。うっかりするところだった。
「ちょっと待ったー。革命はどうなったのよ?」
マットの下に金庫をしまって、ベッドに入ろうとしていた編集長は、イヤな顔をして振り返った。
「だからな、虐げられてるやつがいれば、そこに火をつければいいだろう? 女が上に行けないんだぜ、それなりに不満がたまってんじゃねーの。上に行きたい女もそれなりにいるだろうよ」
そういって編集長はベッドにはいるとランプを消した。
なるほど、そういうことか。自分には上に行きたい欲求が一切ないから分からんかった。私の望みはただひとつ、責任や難しいことは上にお任せ、おいしいとこだけかすめとって生きていく、だ! ふははははは。
ポッ またランプがついた。
「あのね、俺もう寝るから。そういうの家でやってくんない?」
あ、失礼失礼、さらばじゃ。
ふわんふわんふわん……
ということなのだよ諸君。なんとなく見えてきたかなって思うだろう? 革命の火種が? そう思ってたよ、私もね、でもね、でもね、なんか火種ないっぽいの。ひーん……。
昼ごろに街でインタビューしてきたんだよねー。そうよ、外出てからボディースーツの上に貫頭衣着たよ。庶民にめっちゃ馴染むよ。むしろ庶民より貧民寄りよ。
くだんの八百屋の女性の場合……。
「ええ? なんだい? 学校の宿題で調べてるの? それは大変だねぇ。おばさんでよければなんでも聞いておくれよ。ああ、お父ちゃんが死んで、ひとりで八百屋やってくの? まあ、大変だったけどね、今は遠い親戚の隣の家の子が来てくれてるからね、うまくやってるよ」
「あのー遠い親戚の隣の家の子って、他人ですよね?」
「ああ、そうなの? そういえばそうなるかも? いやだよー、おばさんウッカリしてたわ。あっはっは」
「あのーどうして奥さんがそのまま八百屋の主人にならなかったんですか」
「ええ、なんでって言われてもねぇ。そういうもんだからさ。お嬢ちゃんも大人になったら分かるよ」
そう言って女性は店の奥に入っていったのであった。怪しい。
髪結い屋の女性の場合……。
「え、なにが? ああ、アタシがこの店の主人やらない理由? そりゃあんた、めんどくさいからに決まってるじゃないか。アタシは髪切ったり結い上げるのは好きだけどさあ、家賃払うとか税金の書類とか、そんなのやりたくないよう。主人になったらお金は儲かるけど、やること増えるじゃないか。そんなのごめんだね。多少儲けが減っても気楽なのが一番だろう?」
分かりみ。
パン屋の女性の場合……。
「あらあら、おかしなこと調べてるねぇ。そんなこと聞かれても、考えたこともなかったよ。そういうのは旦那に任せてればいいんだよ。母ちゃんもそう言ってたよ。女がしゃしゃり出たってろくなことにならないって。女はニッコリ笑って旦那に任せておきなってさあ」
だよねー。
いかがだったかね、諸君。あったかい? 火種。見えたかい? 火種。
ねーんだなこれが。どないなってんのー。
王家ってもしかして、すんごいやり手なんじゃないの? 貴族も教会も民も、特に不満抱えてないじゃないの。
ちょっとちょっとー、もしかして不満ありありなのって、処刑を控えた私だけなんじゃないのー?
えええーーー、こーまーるー。