3.20日目
そんなこんなで二十日目です。
快適〜快適〜。もうね、ずっとここで暮らしてもいいんじゃないかなってぐらい、クオリティ・オブ・ライフが向上しましたよ。
まずね、バルサに給金を与えまして、ちょっとした宿屋並みのサービスが受けられるようになっています。呼び鈴を鳴らすとバルサがやってくるの。もはや執事。
だってね、看守としての給料の倍払ってるからね。カミッコが盗んできたお金だけどね。
金に貴賎なしと言いますからね。いいの、いいの。
私とバルサの蜜月を邪魔されないよう、もうひとりの看守には栄転してもらいました。カミッコが法務省から盗んできた羊皮紙にね、私が人事異動通達の文章を書いてね、カミッコが看守部長の机に置いてくるっていう、結構簡単じゃないお仕事〜。
大変だった。主にそれらしい文章書くのが……。あと法務省の印章押すのが……。カミッコが押してきてくれたんだけど、向きが違ってたり斜めだったりで、何回か書き直した。カミッコはしょんぼりしてた。
栄転した看守は、金で転びそうにないタイプだったけど、新しく来た看守は、執事補佐としてよくやってくれております。人間、素直がいちばん。深く考えちゃあいかん。長いものには巻かれろっていいますから。
次に、娯楽が増えました。カミッコが集めてきた貴族のスキャンダルを、コツコツ執筆して、ちょっとヤバめな出版社からアンダーグラウンドで流通させてます。もちろん貴族の名前は変えてるけど、読む人が読めば分かるじゃない、ねぇ。飛ぶように売れてる。おかげで出版社から、毎週色んな新刊が送られてくるのだ。なんなら、書評も書いてるわよ。
書評書くのって、なかなか難しい。おもしろかったです、以上。ではお金もらえませんからね。おもしろかったってのを、あれやこれや美辞麗句をふんだんに散りばめて、難しい語句のスパイスで味つけて、『書評: とある公爵家令嬢』ってソースを絡めて高級感ある仕上がりにするのです。
結局、誰が書いてるかが重要っぽいわけよ。試しに、とある男爵令嬢とか、とある騎士で書いてみたけど、身分が高いほど売れたわ。人って権威づけに弱いよね。地位なきイグワーナではなんの特典にもならないよねー。
いや……もしかすると、獄中記というのは需要があるかもしれない。だって、牢屋に入った公爵令嬢ってそんなにいなくない? そしてそれを執筆しようってなると……。やりたい。売れる気がする。でも、私ってバレバレだよねー。どうするか……。
獄中記はまた考えるとして、私たまに外出しているのです。もはや牢屋とは、って感じでしょう。やっぱり狭い牢屋では運動不足になるからね。イグワーナはお嬢さまだったので、筋肉がない。ダンスと乗馬はやってたみたいだけども。最初はウォーキングから始めて、今はスロージョギング。闇夜に紛れてランニングをしつつ、王宮の見張りの動きを覚えているところ。
そしてそして、カミッコに見張らせて、シャワーも浴びれるようになりました。バルサが牢屋に持ってきてくれたタライだとねぇ、入った気しないし、すぐ湯冷めするし、部屋に湿気がこもるしで、大変だった。
色んな場所で試して、下級騎士の寮内にある共同シャワーが一番安全だった。みんな訓練で疲れてるみたいで、夜中は爆睡しているからね。一度だけ誰かが入ってきたけど、適当に野太い声で相づち打って乗り切った。あのときは大分焦った。仕切り板が高くてよかった。
ま、イグワーナの色気のない少年のような体なら、多少のぞかれたところでねぇ……。
シクシクシクシク。
そんな知的でスリリングなノマド生活を邪魔する無粋なふーたーりーー。また来たーー。もう会わないって言ったくせにー。
「おい、お前」
「お前って。そなたから格下げー」
相変わらず偉そうで上から目線である。まあ、王子だから上位なんだけどさー。
「その部屋はなんだ?」
「私の牢屋ですけど何か?」
「なぜそれほど物が多い! 本が本棚に入ってるし」
「他にどこにしまえと」
執事と執事補佐が組み立ててくれました。積読はイヤじゃないですか。
「ソファーまであるし」
「人をダメにするアレです」
特注よ。ソファーカバーはカミッコ作よ、揺れるよ。
「衣装棚まであるではないか」
「服にシワがつくと困りますから」
衣装棚には貫頭衣がズラーリ。意外と気に入っているのだ。あと着るもの選ぶ時間が節約できる。ジョブスさんがオススメしてた。それに、ひとりでドレス着れないしな。
「ごまかすな、どうやって手に入れた!?」
「お父様がかわいい娘のためにって……」
「お姉さまはとっくに勘当されています」
おうおう、言うじゃねーか、マリワーナ。
「教会が敬虔な信者のためにって……」
「お姉さまは既に破門されています」
マジでー。ま、別にいいけど。
「私けっこう民から人気あるんですよねー。私をかわいそうに思った民がお金を出し合って、手配してくれましたのよ。人望ですかしらねぇ」
「くっ、抜け抜けと、よく回る口だ。ふっ、まあよい。お前に便宜を図った看守ふたりは打ち首だ」
な、なんやてーーーーー。