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チューニング  作者: JUN
3/3

ラジオ

 ザ・ザザザザ・・ザ・おま・・・


 入居以来、僕はラジオが気になって、ほぼ起きている時はずっとチューニングに取り組んでいた。

「おかしいなあ」


 ザザザ・・


 どこかで、何か音がし、声がする。しかしそれよりも、ラジオに混じる声の方が気になっていた。


 ザザ・ザ・ザザザザ・・・おま・も・ねえ


 自分でも何かおかしいと思うが、やめられないのだ。


 ザザ・ザ・・ザ・おまえ・ね・・・


「はあ。だめか。もう少しなのにな」

 溜め息をついて電源を落とし、振り返って凍り付いた。

 シーリングファンの下に、誰か知らない女が立っている。

 いや、そうじゃない。シーリングファンから、知らない女が首を吊ってぶら下がっているのだ。

「う、うわ――!」

 腰を抜かして、後ずさるように下がると、ラジオに当たって止まった。

 女が顔を上げ、僕を見た。

「ヒイッ!!」

 そしてラジオが、音を出す。


 お前も死ね


 声も出ない。振り返ってラジオを見たが、電源は落ちている。

「何で!?」

 思い出して、慌てて前を見ると、首にロープを巻いた女はすぐ目の前にいて、ただの黒い穴となった目で瞬きもせずに僕を見つめ、ゆっくりと両手を僕の首に掛けた。

 ああ、この感触だ。そう思った。毎晩首が苦しくなる感じと、そっくりだった。

 こいつだったのか。

 そう思った時、視界が暗く閉ざされた。


 しかしいきなり気管に空気が流れ込んで来て、僕はむせかえった。

「大丈夫ですか!?」

 僕を覗きこんでいたのは女だった。でも、女は女でも、幽霊の女ではない。不動産屋で最初に担当してくれていた店員だ。

「なん、なんで?」

「説明は後です!」

 店員はそう言って僕を抱きしめるようにした。

 僕は今更になって女性と密着しているこの姿勢に気付いて慌てたが、それと同時に、部屋に別のもう1人がいる事にも気付いた。

 アロハシャツの下にTシャツを着て、金髪に脱色した髪を無造作に後ろで縛り、幽霊の女と向かい合っている。

「誰!?」

「兄です。霊能者なんです」

「霊能者……」

 テレビでは見た事があるが、本物だろうか。元々幽霊だって半信半疑だったのがこうして本当にいるとわかったのだし、霊能者だっているんだろう。

 妙に理屈っぽく考えて、僕はおかしくなった。

 お兄さんは幽霊の女に向かって、

「もう、ダメだぜ?このあんちゃんを連れて行こうなんてさあ」

 面倒臭そうな、困ったような、何とも言えない口調だ。

 幽霊の女は文句があるようで向かって来そうになったが、お兄さんは、

「仕方ねえなあ」

と言って手を大きく振った。

 ただそれだけで、幽霊の女はかき消え、部屋の空気が重苦しかったのだと不意に気付いた。

「あれ?」

 いつの間にか店員さんにしがみついていた僕の頭を、お兄さんは軽くはたいた。

「いつまで妹に抱きついてるんだ?ああ、青少年?」

「え?あ!?すすすみません!!」

 彼女いない歴イコール年齢の僕は、真っ赤になって店員さんから飛び退った。

「そこまで……まあいいけど」

 お兄さんも店員さんも吹き出した。

「あの?」

 何をどう訊けばいいのかもわからずに取り敢えずそう訊く。日本語は便利だ。

 お兄さんと店員さんは顔を見合わせ、店員さんは気まずそうな顔をした。

「お客さんがここに入居したので気になって。

 そうしたら、部屋に閉じこもるようになって、ますます困ったことになったと思って」

「ん?」

 訳が分からず首を傾げると、お兄さんがその辺に座り込んで話し出した。

「ここ、事故物件ってやつなんだよ」

「は?」

「安かっただろ?ここの部屋だけ、ほかの部屋より」

「……そうなんですか?」

 そこまで確認していなかった。

 店員さんは困ったような顔付きで言う。

「確認しないとだめですよ。安い部屋は、訳ありなんです。

 まあ最近では、事故物件でも家賃が安いとは限らないですけど」

「それでどうやって判断するの?」

「調べるとか、何かないかって訊くとか。

 聞かれたら告知する義務があるから嘘はつけないですからね」

 僕はがっくりと肩を落とした。

「まあお客さんの場合は、ほかにはどこも物件が無くて、選ぶ余地もなかったですけどね」

 詳しく聞くと、昔、ここに住んでいた住人の恋人が、捨てられた当てつけにここで自殺したそうだ。シーリングファンにロープを引っかけて、首を吊って。

 その後すぐに住人の男性は退去し、次の入居者は何も起こらず、そして、次に入ったのが僕だった。

 ラジオのチューニングは霊とのチューニングに似ているともいわれるが、首を吊る足場にしたアンティークのラジオをチューニングしようとし、できかかっていたタイミングだから、女も現れたという事だ。

「まあ、今の女はラジオに封じたけどな。触らなきゃ出ては来ないと思うけど、処分した方が確実なんだけどなあ」

「社長が納得しないのよ、お兄ちゃん」

「じゃあ、社長が自宅に持ち帰ればいいのに。

 あんちゃんはどうする。もう少し待てば、受験前に抑えておいたものの試験に落ちたってやつが出て、物件が出始めるぜ」

「そっちに引っ越したいです。

 あ。でも、引っ越し費用とか、家賃とか……」

「ちゃんと説明しなかった社長が悪い。引っ越し費用は社長に持たせろ。弁護士に相談するって言えば言う事きくだろ」

 僕は引っ越しを決意しながら、ラジオを見た。

 美しいデザインのラジオではあったが、なぜか、おかしなほどに心を引き付けていたものはもう感じなかった。

「はあ。やっぱり、ラジオは苦手だ……」

 僕は深く溜め息をついた。











お読みいただきありがとうございました。御感想、評価などいただければ幸いです。

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