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戦闘的 過労死 推進委員会 極東部

作者: 山神ヤシロ

そのモノが仕事帰りの通勤電車の中で

僕に話しかけてきたのは、

昨年の師走のことでした。


「お疲れのようですね」

吊り革につかまってスマフォを

いじっていた僕の顔を、

いきなり覗き込み。

スーツ姿の白髪の男は、

にやにやしながら、

そう言ってきました。


「え?なんですか?

急に失礼じゃないですか」

僕が当然の警戒心を示しても、

男は特に動じることもなく、

「でもあなた、今、

スマフォのSNSに、

『仕事が辛い、死んだほうがマシだ』と

ツイートしようとして、

あわてて削除していましたよね?

お悩みなんですね?」

「いや、これは・・・」

「隠しても無駄ですよ、今、

見えちゃったんですから。

いえいえ、心配なさらずに。

私、あなたのような、

仕事で苦しんでいる方の

相談に乗る仕事を

しているモノです。

ちょっとここじゃ話しにくいですな。

次の駅で降りて、

少し、お話しませんか?

きっと、あなたの

お役に立てることが

あると思うのですよ」


******


「私、こういうモノです」

ドトールコーヒーで

向き合って座るや否や、

男は名刺をさしだしてきた。


「戦闘的過労死推進委員会極東部、

杉田仁成(すぎたじんせい)さん?」

「はい、さようで」

「この戦闘的うんぬんというのはナンですか?」

「はあ。ロシア語に直しますと

Союз воинствующих Кароши

(サユース

ヴァインストゥフューシフ

カローシ)

となりまして」

「なんでロシア語になおすのですか?」

「日本の労働者の自己破壊的な働き方に

敬意を表し、かつ、

ぜひ、その過労死事例を

未来の社会改革のため

役立てたいと」

「え?どういうことですか?」

「あなた、残業時間は?」

「はあ、、、額面上は40時間ですが、

家でサービス残業をしているので、

それを加えると120時間くらいは

行っていると思います」

「ですよねー。あなたのライフスタイルを

見ていて、そう思いました。

そのうえ、お子さんもいらっしゃる」

「はい」

「小学校の行事や、保護者会の参加、

そしてお子さんの宿題の採点まで、

やらされている」

「はい」

「奥さんも共働きですから、

家事や育児を『やってくれ』と、

奥さんに頼むわけにもいかない」

「いかにもそうです」

「それで走り抜けてきていますが、

もう、ほとほと疲れていますよね」

「ええ」

「それで、自殺をほのめかすようなツイートを

うっかりアップして、慌てて削除したり」

「!!」

「そして最近は、自殺の方法をめぐる

サイトを検索していましたね?」

「どこかで私のネット利用履歴を

監視してるんですか、、、??」

「ご心配なく、

私はあなたの味方ですよ!」

「あやしいなあ」

「でも、本音は、あなた、

このまま忙しくして、

過労死するのが一番、

よいことだと、

心のどこかで

思ってますよね?」

「!!」

「就職氷河期をなんとか勝ち抜いて、

やっと手に入れたサラリーマン生活。

ところが、ある日、計算してみて、

わかってしまったのでしょう?

こうやってがんばったところで、

子供の学費を計算したらギリギリ。

老後の資金などは絶望的。

つまり、今日まで死ぬ気で働いてきたことに

意味が感じられなくなった」

「!!」

「かといって自殺はリスキーである。

遺されたご家族にたくさんの負担がかかる。

世の中、自殺した男と、

自殺遺族には冷たいですからな」

「!!」

「その点、過労死なら!

『あの人は男らしく最後まで

働いて、それで倒れたんだ!』となると、

世間の同情は、集まりやすい。

親戚一同にも、自殺よりも申し訳が立つので、

遺された家族にも救いの手がいろいろ入る」

「!!」

「そのうえ、労災ならば、

会社からお金もふんだくれる。

あなたの死後のことにはなるが、

こんなに仕事で追い詰めてきた会社に

ちょっとした仕返しにもなる」

「!!」

「そう考えると、自殺よりも、

いっそ、『ラクな過労死』のほうが

トクじゃないか?

そんなことを考えてしまうわけだ」

「!!」

「我々、戦闘的過労死推進委員会は、

まさにあなたのような方を

助けるための組織です」


そう言ってから、男は、

懐から赤いカプセル錠を取り出し、

僕の手の上に載せました。


「これが、私たちが

お配りしている、過労死カプセルです。

これを飲んでから、思い切り、

深夜残業をやってください。

三日くらい深夜残業が続いた時に、

カプセルの効果が出て、

あなたは職場で、すうっと、

苦痛もなく、意識が飛んで、

そのまま死ねます。

はい、これは、

誰がどうみても過労死です!」

「で、あなた方は

そのあと何をするんですか?」

「はい。あなたの過労死を確認したら、

私たちは、そのことをマスコミにリークし、

大々的に、報道します。

そして、あなたの会社から慰謝料をふんだくり、

あなたのご遺族も助けます。

そして私たちは、

日本で続々と過労死の件数が上がっていることの

データを手に入れ、

新自由主義の失敗を訴えます。

そしてやがては、ようやく、

夢にまでみた、世界同時革命です!

どうです?あなたの過労死が、

ご家族だけでなく、

未来の礎になるのですよ!」


「なるほど」

僕は、手の上の赤いカプセルを見て

「お話はわかりました。

そして、なんだか、

目が覚めました」

「では、飲んでいただけるのですね、

赤いカプセルを」


「いいえ」

僕は言いました。

「死んだところで、

あなたのような、

わけのわからん人の

『事例』件数に使われるだけなら、

これ、ますますバカバカしいなと。

目が覚めました。

自殺しても過労死してもバカらしいなら、

今の会社から転職することを

考えますわ。そのほうがずっとマシだ」


「なんと、、、」

男はみるみる機嫌を悪くしました。

「じゃあ、勝手にそうなさい。

あんたを見込んで話をしたのに、

がっかりだ!」


男はプンスカと怒って、

喫茶店を去って行きました。


怒っていたせいでしょう。

彼の下半身は、うっかり、

変身が解けて、

クロヤギの下半身からは

さきっぽがヤリのように尖った

ブキミなしっぽが、

チロチロと、伸びておりました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄いタイトルだな…と思い拝読しました。 過労死ならみんな同情してくれるし得をする~の下りはなんだか納得してしまいました。 しかし、男の正体。 誘惑に乗らない主人公も見事でした。
[良い点] 悪魔はいつだって善人の振りをして近づいてくるってことですね。 面白かったです!
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