サポーター。準備を始める
レベッカさんの店を出た僕は徹夜の疲れも忘れてバックヤード通りを走る。
勇者試験は2週間後。
それだけ聞けば時間があるように聞こえるが、実際はそうではない。
勇者試験の内容は大きく分けて3つあり、パーティ単位で参加することになる。だから僕らはユーリさんと僕の2人で参加だ。
冒険の知識を試される学力試験。ここだけで半分の候補者が脱落することになる。
続いては強力なモンスターと戦う戦闘試験。レベル50はくだらないモンスターと戦い勝利することが条件である。
そして最後に待ち構えるのは冒険者にとって欠かせない探索試験。一斉にスタートし、1番にダンジョンを踏破した者が勇者になることができるのだ。
学力はこれまで積み重ねてきた僕の冒険の知識があればきっと大丈夫。戦闘試験だってユーリさんと僕ならやれる。
だから、大きな障壁となりうるのは最後の探索試験。
正直これは運も絡んできて予測がつかない。
ギルドがダンジョンを模した試験会場を作ることもあれば、実際のダンジョンを使って試験することもある。
前者ならまだいいが後者なら探索試験どころか普通に命を失う危険だってある。
どれだけ準備をしても足りないというのが僕の想いだ。
僕が最初に向かったのはバックヤード通りの中の小さな屋台。
見窄らしい屋台の前にはまだ開店前だというのにすでに何人もの冒険者が集まり列をなしていた。
「やや!マインじゃないか!!」
そんな屋台の列に並んでいると僕の背中から声を投げかけられた。
「ハルトさん!よかった、実は折りいってお願いが……」
「待った!ここじゃあれだからこっちにおいで!」
すると、ハルトさんは僕の手を引いてバックヤード通りの路地裏へと移動する。
「話は聞いてるよ、マイン。ついに来たそうだね、勇者試験の時が!」
眼鏡をくいとあげながらハルトさんは高らかに告げる。
「はい!なのでハルトさんの回復薬をまた買わせてもらいたいんです!……あ、もちろん無理は言いません、準備できる分だけで構いませんから」
ハルトさんの回復薬はこの数ヶ月で大きな評判になっていた。
というのも、ユーリさんがクエストをこなしていく先々でこのポーションのことを聞かれることがあり、ユーリさんがハルトさんのことを得意げに話した。
シデンのパーティにいた頃は僕がいくら伝聞してもサポーターの言うことなんて誰も相手にしてくれなかった。
シデンは回復薬の仕入れ先のことなど興味もなければその品質を意識したことすらない。だから彼からハルトさんの回復薬の評判が広まることはなかった。
一方、ユーリさんは有名な実力者で無名な僕なんかと違ってその言葉に強い影響力がある。
街の人々から商人へ、商人から冒険者へ。次から次へとその評判が広まっていき、気がつけばバックヤード通りにもかかわらず行列のできる有名な薬屋へと成り上がっていたのだ。
ハルトさんの回復薬は予約殺到、品薄状態が続いていてなかなか入荷することも難しいという状況になっていた。
ハルトさんが大きく成り上がっていくことはとても嬉しいし、誇らしいけれど。どこか遠くの存在になってしまったようで寂しさも感じる。
「ふっふっふ……分かっていたよ!マイン、僕と君の仲じゃないか!そんな他人行儀な言い方よしてくれよ!」
そう言うと、ハルトさんは路地裏に被せられていた大きな布をバサっと引っ剥がした。
「これ……」
そこから現れたのは大きな木箱いっぱいに詰め込まれた回復薬や魔力回復薬、そればかりかまだ店頭に並んでいるのを見たこともない薬品の数々があった。
「持っていっていくれよ!君達のために用意しておいたんだ!」
「ま、待ってください!こんな……頂けませんよ!?」
これだけの量、多分今日明日どころか1週間分はくだらない。そんな大量の品を僕らだけのために卸すなんてことしたら店の信用に関わる。
せっかくハルトさんがここまで有名になってきたというのにそこに水を差すようなことをできるわけがなかった。
「普通でいいです!贔屓なんてしたら今後のハルトさんの営業に支障が……」
「バカ言っちゃダメさ、マイン!君達はこの時のためにやってきたんだろう!?」
すると、普段は気弱な態度のハルトさんが声を張り上げる。
初めて見るハルトさんの姿に僕は思わず言葉を失う。
「僕がここまで来れたのは、君のお陰なんだよ。君が僕の回復薬を認めてくれて、一緒にダンジョンに潜って……二人三脚でやって来た親友さ!君がいなきゃ僕は今頃生きてない、生きてても薬屋として今ここにいない」
ハルトさんの肩が震えている。
割れた眼鏡の奥から大粒の雫がとめどなく流れては地面に吸い込まれていくのが見えた。
「今度は……僕の番なんだ。君が僕の回復薬を必要としてくれたから僕はここにいる。そんな君のことを助けたい……!恩返しがしたい!」
「ハルトさん……」
ハルトさんの言葉を聞いて、今度は僕の涙腺が緩む。
知らなかった。そう思ってくれていたなんて。
「僕にとって君は客である前に恩人で大切な友人なんだ。友人のために、僕は僕のできることをしたい、だからお願いだ。持っていってくれないかい?僕にできることを……させて欲しいんだ」
「……っ。ずるいですよ、ハルトさん」
鼻水を啜り上げながら僕は言う。
「分かり……ました。力を貸してください。必ず、必ずユーリさんを勇者にして見せます」
ハルトさんの想いのこもった回復薬を僕は受け取る。
どれだけたくさんの回復薬が入っているのか。とても重たくて持ち上げることも叶わないほどだ。
ありがとうございます、ハルトさん。
薬だけじゃない。僕はハルトさんからもっと大切なものも一緒に受けとったような気がした。
ーーーーーーー
次に僕が向かったのはモモカさんの店。
こぢんまりとした鍛冶屋の扉を僕は勢いよく開く。
「モモカさん!」
「お〜、待ってたよ〜マイン君〜」
「うわ……な、何ですか。この大量の武具は」
鍛冶屋の中にはこれでもかと言うほどに大量に積み上げられた武器の数々だった。
「選別だよ〜」
呆然と武器の山を見上げていると、モモカさんがそんなことを言う。
「選別……って、まさか」
「そ〜。好きなだけ持ってって〜。まぁ、ぜ〜んぶ売れ残りなんだけどさ〜」
「う、受け取れませんよ!」
モモカさんの作成した武器の質は高いが、バックヤード通りで細々とやっているせいで経営だってそんなに余裕があるわけじゃないのだ。
売れ残りだとしてもこんなにたくさんの武器を貰うなんてできるはずがない。
「いーからいーから。私とマイン君の仲だし〜。それに……え〜と……」
いつも飄々としているモモカさんにしては珍しく、少し口ごもりながら言う。
「その……まぁ?大事なお得意様が帰ってこなくなるのも困るし……?私の勝手が分かってるバイト君がいなくなっちゃ……店も静かになるからさ?」
「モモカさん……」
「だから、これは私の必要な出費だから〜。私が私のためにやってることだからね〜。だから……」
ポスン……と、マインの胸にモモカさんが拳をぶつける。その手は少し震えているように見えた。
「だから……ちゃんと、帰ってきて。そんでその時は勇者パーティのサポーターになってること。いいね?」
「…………はい」
モモカさんの弱々しい拳には、そこに込めきれない程にたくさんの想いがこもっているような気がした。




