サポーター。ゴブリンの森で
森に着いた僕たちは早速そこらに蔓延るゴブリン達を倒し回っていた。
……と言っても、僕は基本的にサポート。
ロッドさん達が倒したゴブリンのドロップアイテムの回収と、彼らが囲まれないようにゴブリン達の牽制だ。
「いやぁ〜、流石は元勇者のサポーターだな。ずいぶんいい動きをするじゃねぇか」
「は、ははは」
でも、この人達は確かにそれ相応の手練れだけど、なんだかとても人使いが荒い。
基本的に僕はサポーターだから先頭のメインに立つわけじゃない。
けれど、彼らは僕を当たり前のように前線の1番前に立たせるし盾のように使うし。
まるで、これじゃあ奴隷みたいだ。
「よーし、それじゃあもうひと稼ぎと行こう!こっちだぜ野郎ども!!」
「え、ちょっと……そっちは……」
すると、ロッドさん達はゴブリンの森の探索許可エリアを超える森の中へと歩を進めていく。
「そこは立ち入り禁止エリアですよ!そんなところに入ったらギルドから罰則が……」
探索許可を超えると、そこはギルドの管轄外。即ち未曾有の危険が潜んでいる可能性があるのだ。
サポーターとしてはそんな危険な所に冒険者を行かせたくはないんだけど。
「なーにバレやしねぇよ。それにこんな初級のダンジョンの立ち入り禁止エリアなんぞ恐るるに足らん。さぁついてこい」
二の足を踏む僕を無視してロッドさんはズカズカと森の奥へ奥へと突き進んでいくのだった。
ーーーーーーー
しばらく森を進んでいくと、その奥に大きな洞穴が口を開けていた。
異様な雰囲気を醸し出すその洞穴に、僕は思わず息を呑んだ。
一体何なんだろう?一体なんのためにこんな得体の知れないところへ?
「ここは……?」
「ここはなぁ……マインのにいちゃんよぉ」
「……っ!!」
呟くように尋ねる僕に向けて、ロッドさんから嫌な空気……殺気を感じた。
「お前の墓場だ!!」
ブンッ!
僕は咄嗟に肩を組むロッドさんから飛び退く。するとその背後で何かが空を切った。
「なっ、何するんですか!?」
見ると、ロッドさんの背後に控えていたドグランさんの手には短剣。そして僕の服の背中がパックリと裂けてしまっていた。
「ちぃっ。外したか」
舌打ちをするドグランさん。この反応……手違いや何かの類じゃない。
「小賢しいサポーターだな……。やはりここに来て正解だったぜ」
ロッドさんはそう呟くとその腰から剣を抜く。
「う……」
まさか……ハメられた!?
「サポーターってのは哀れだよなぁ。冒険者に付き従うことでしか生きていけない無様な生き物だ」
「お前みたいなサポーターはなぁ、冒険者の道具として生きていけないんだ。分かるだろ?」
ジリジリと距離を詰めてくるロッド達。
しまった。洞穴の出口を取られてしまっている。逃げ道がない。
「な、何のためにこんな事を!?それにリアさんだってこのことは知ってる!僕がいなくなったことを知れば必ずあなた達はギルドから追われることになりますよ!?」
こいつらの狙いは何かは分からないが、もしここで僕の身に何かあれば真っ先にこの3人が疑われる。
当然、僕と共に彼らを送り出したリアさんだっているんだ。しらを知ることもできないだろう。
「安心しな。お前を攫った後はあの姉ちゃんにはゴブリンの群れに喰われたって伝えておくからな」
「なっ!?」
攫う……?
まさか……こいつらは!?
「人攫い!?」
「ほぉ、よく知ってんな。勇者のサポーターは伊達じゃねぇようだな」
人攫い。
文字通り人を攫って売り捌く人々のこと。
この国の裏世界では奴隷制が容認されている。故に奴隷として人の身柄は高値で売れるのだ。
彼らはいく宛てを無くしたサポーターをこうやってダンジョンに連れ出して奴隷商に売り捌く悪徳冒険者だと言うことなのだろう。
つまり、僕はその彼らの毒牙にまんまと引っかかったというわけだ。
「どうして……どうして!?僕を雇いたいって、言ってくれたじゃないですか!?」
裏切られた僕の頭に最初に浮かんだのは、怒りや憎しみじゃなく悲しみだった。
こんな僕でも、サポーターにしたいって言ってくれたのに……どうして!?
「……はぁ?お前、勇者パーティに捨てられて……そこまで分かってて、分かんねぇのか?」
僕の問いかけにロッドはゲラゲラと下卑た笑みを浮かべる。
「サポーターなんぞに、俺たち冒険者が対等に接すると思ったのか!?」
「お前らサポーターは俺たち冒険者の道具なんだよ!どうせパーティに入れたって大した役に立てないくせに、一丁前に経験値を取りやがる。そして何より金がかかる!」
「だぁから、こうやって使い古して売り飛ばしちまうのが1番冒険者に貢献できるってことなんだよ!」
あまりの言い草に、僕はカッとなる。
「ち、違う!僕はサポーターとしてみんなのために、色々頑張ってやって来たんだ!」
今のこの状況が、あの時。僕を捨てたシデン達と重なった。
努力もした。知識も身につけて、技も磨いた。
パーティを、みんなを傷つけないために。みんなが笑って帰れるように。
それが真のサポーター。パーティを支えて導く……そのために僕は全てを……。
「その結果が今のお前だろぉ!?」
「……っ!」
ロッドの言葉に、僕の心が砕ける。
「7年だったかぁ?そこまで一緒にやってきた仲間に捨てられたんだろ!?つまり、それが現実じゃねぇか!!」
「サポーター如きが何を勘違いしてるか知らねぇが、お前が何をやったって、所詮その程度だったってわけだ!」
「仲間ァ?そう思ってたのはお前だけ!お前の前のパーティだってきっとこう思ってたはずだぜ?『足でまとい』『経験値泥棒』ってなぁ!」
「ち、違う……!」
足元が崩れ去りそうな錯覚を起こしながら、それでも僕は些細な抵抗を返す。
けれど、それは無駄な足掻きだった。
「何が違うんだよ!?馬鹿でも分かるだろ!」
ゲラゲラと笑いながらロッドが告げる。
「お前は役立たずのサポーター!誰もお前なんざ必要としていない!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
どうして?
僕のこれまでの頑張りは……何だったんだよ?
親友に、仲間に捨てられた。
それでも前を向こうと頑張ってこうして新しいパーティと出会ったと言うのに、そこでも裏切られて、利用されて……最後は道具のように売り捨てられて……。
確かに僕は弱いのかもしれないけれど、それを補う技を磨いてきた。
信じられる仲間を、助けるために。恥も外聞も、全てを投げ打ってサポーターとして戦う道を選んだんだ。
その…行き着く先が、こんな……。仲間に捨てられて、こんなゴロツキに捕まって売られて……。そして、奴隷として野垂れ死ぬ道だったなんて……!
「くそ……くそおおおおおお!!!」
悔しくて涙が止まらない。
こんなのって、ないだろう!?
負けるか……負けてたまるか!こんな裏切られて、捨てられたままで終われるか!?
生きて……帰って……。
「……どうするんだろう」
もう……生きて帰れても、仲間はいない。帰りを待ってくれる人だって、僕には何もいない。
元々天涯孤独の身だったんだ。
それに…もう、何のために生きるんだろう。
生きる意味も、生き甲斐も失った。
なら……いっそ、ここで殺されてしまった方が楽になれるんじゃないか?
僕のことなんて、誰も認めてくれやしないんじゃないか?
「……それでも」
弱気な考えを振り切るように僕は冒険者ギルドで支給されたナイフを握りながら構えを取る。
「こんなところで……終わってたまるか!!」
もはや、半ばヤケクソだ。せめて最後の最後まで抵抗してやる!
これまでだって、ずっとそうやって来た。これが僕の生き様だ!最後の最後まで貫き通してやる!!
「へっ……おとなしくしてりゃあ痛い目合わずに済むってのによ」
「ほんと……バカな奴だよ!ゴミクズがぁ!!」
「うわぁぁぁぁあ!!!」
僕があらんかぎりの咆哮を放ち、ロッド達に捨て身の特攻しようとした。
まさにその時だった。
ズンッ
「……あ?」
「え?」
ズンッ…ズンッ…ズンッ……。
響くような地鳴りが洞穴の外から聞こえてくる。
「っ!早く、ここから出るんだ!」
「はぁ?何言ってやがる。どうせボブゴブリンか何かだろ。逃げてぇからホラ吹こうたってそうはいかねぇ」
ここはゴブリンの森。生息するモンスターはその名の通りゴブリン種のみ。子どもぐらいの大きさのゴブリンから、2mほどの大きさのボブゴブリンが主な出現モンスター。
しかし、この足音の大きさはボブゴブリン程度の物じゃない。
「違う!あれはボブゴブリンなんかじゃない!あれは……」
「おいおい、お前も必死だな。だが諦めろ、なぁドグラン」
そう言ってロッドは隣に立つドグランの方に目をやった。
ボトッ
「……あ?」
しかし、グランが立っていた場所に彼の姿はない。
代わりにボトリと生暖かい物がロッドのすぐ隣に落ちる。
「これ…グランの装備じゃ……」
その赤黒い肉塊の中には、グランの持っていた戦鎚が血溜まりの中で鈍く光を放っている。
「う、うわぁぁあ!?ロッド!助けてくれ、ロッ……」
反対側に立っていたミゲルがロッドの背後を指差して、何か叫んだと思った次の瞬間。
ブシャン!!
ミゲルは、血に染まった巨大な棍棒で叩き潰された。
「……はぁ?」
そこで初めてロッドはその背後に立つ存在に気がついた。
確かにそこに立っていたのはゴブリン種のモンスター。しかし、本来緑の体色をしているゴブリンとは違い、その身体は深い紫色だった。
冒険者から奪ったのか、その体には少し小さめのボディプレートと、巨木を引きちぎったかのような棍棒。そして何よりも3Mを超える巨体のそいつは荒い息で眼下のロッドを見下ろしている。
「何でぇ……こりゃあ」
「ご、ゴブリン・ロード……!」
僕はこいつを見たことがある。
超低確率でゴブリン族モンスターの中から生まれ落ちると言われる伝説のゴブリン種。
全てのゴブリンを束ねると言われるゴブリンの王の中の王。
まさか……ここはこいつの寝床か何かだったのか!?
「てめぇ……!ゴブリンの分際で」
「ま、待って!そいつは……」
「死に晒せやぁぁぁあ!!!!!」
パシイッ
ロッドの放った剣撃は、ゴブリン・ロードに簡単に受け止められる。そしてゴブリン・ロードはまるで虫を潰すかのようにその剣をポキリと折ってしまった。
「う、嘘だ……この剣は有名な冒険者から盗んだ業物だぞ……!?それをゴブリン如きが……」
砕け散る愛剣の破片を受けながら恐怖に震えるロッド。ゴブリン・ロードはそんなロッドの恐怖に染まった顔を見てブッフッフと、心底愉快そうに笑う。
すると、ゴブリン・ロードはロッドの腕を掴み、洞穴の壁へと叩きつけ始めた。
「あぎっ!?ぐほっ!あぎゃぁぉぁお!?」
岩壁に叩きつけられるたび、ロッドは潰れた悲鳴をあげ、辺りに血飛沫を撒き散らしていく。
「バーッハッハッハ!!」
そんなロッドの様を見て大声を上げて笑うゴブリン・ロード。
「まずい……!」
このままじゃ、次は僕の番だ。
「【抜き足】!」
僕はスキルを発動させる。
敵の死角をついて敵の背後に回り込むスキル。
ロッドに夢中であるその隙をついて、僕はゴブリン・ロードの脇をくぐり抜けて洞穴を飛びだす。
幸運にも、ゴブリン・ロードはロッドに夢中で僕に気がついていない。
やった……!これで、これで助かる!
そのまま洞穴の外に飛び出して走り出そうとした。まさにその時だった。
「…たす…け……」
「……っ!」
か細い虫のようなロッドの悲鳴が洞窟を抜け出す僕の後ろ髪を引く。
振り返ると、血まみれで顔をぐちゃぐちゃにしたロッドが洞穴を抜け出す僕を呼び止めるように手を伸ばしていた。
「死に…だく……ね」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
迷うな、マイン!あいつはお前を裏切って、奴隷として売り捌くつもりだったんだぞ!?
見捨てろ!ゴブリン・ロードはレベルにして60も超えるような化け物だ。シデンでようやく互角渡り合える化け物だぞ!?
装備だってない!立ち回りもクソもない!
割り切れ……割り切れよ!!あいつはお前を利用しようとしていた悪人だ。
それに今戻ったって、もうあいつは助からないだろ!?お前なんかに何ができるって言うんだ!
今お前にできるのは、逃げることだけ……。そうだろ……?だから……。
そうだっていうのに!!
「あぁぁぁあ!!!」
僕は、震える足で地を蹴るとゴブリン・ロードに向かって飛び出していた。