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06 勇者の終わり

 自宅に帰った。


 妻は少し前に亡くなった。


 老衰だ。


 幸せな人生だったと思う。


 子供たちもとっくに大きくなって家を出て行った。


 たまに孫たちを連れてきてくれるが、思春期になってからはこの家には来たがらないようだ。


 ひとりが寂しい。


 俺のことを知っている人間は次々といなくなってしまう。


 ふと、魔王の顔が頭に浮かんだ。


 魔王討伐には早いが、顔を見に行ってみよう。



 俺はこっそりと出かけた。


 ビールもウイスキーもワインも持って行ってやろう。


 かなりの重さになるが。


 ダンジョンのモンスターたちも俺の顔をみるとそのまま通してくれた。


 なじみの客になったかのようだ。


 お礼に酒をいくらか渡した。


「来たぞ」


 連絡もなしにいきなり来たものだから、魔王はびっくりしている。


「ずいぶん早いな」


「暇だから来た」


「ずいぶんたくさん持ってきたな」


「飲みたい気分なんだ」


 思えば、俺の人生のほとんどは魔王のことばかりだった。


 一番輝いていたのは真剣勝負で戦って魔王を灰にした時だ。


「あの時はほんとひどい目にあった」


 魔王マーキンが笑いながら昔話をしてくれた。


「あのメンバーが最強だったんじゃないか?」


 懐かしさで目の前が涙でにじむ。


「なあ、マーキン」


「なんだ?」


「俺もダンジョンに住んでいい?」


「おう? そりゃ構わないが……勇者とか王国はどうするんだ?」


「それは考えてある」



 正直なところ、20年ごとに猿芝居をして魔王討伐をするのは飽き飽きしていた。


 そこで俺は国王に提案した。


「陛下、魔王討伐は終わりにしましょう」


「なんだと?その責任から逃れるということか?」


「いえ、そうではございません」


 聖剣魔王スレイヤーを国王にかざしながら話をつづけた。


「この剣を魔王に突きつけ、和平か死かを迫ったのでございます」


「ほう」


 ごめん、嘘です。


「ワインを二樽、ウイスキーを二樽、ビールを十樽。それだけもらえるなら手を打とうとのことです」


「なるほど。魔王対策本部の運営費もばかにならないからな。それで済むなら国費も浮く」


 国王というのは政治家でもあるので、つまりは現実主義者なのだ。


「魔王討伐隊に代わり、酒運搬チームを結成しよう。カインベル、お願いできるな?」


「もちろんでございます」



 台車というのは便利だ。


 重い荷物をコロコロと運んでいける。


 魔王への献物以外に魔物におすそ分けする酒も必要だったため、かなりの量になった。


 かつては死闘を繰り広げたダンジョンをコロコロと音を立てて進んでいく。


 魔物は襲ってこない。


「ここが魔王の部屋だ。皆の者はしばしここで待て」


 俺は一人で魔王の間へと入った。



「久しぶりだな、魔王マーキン」


「おう、今回はたくさん酒を持ってきてくれたな」


「俺が飲む分も入っているからな」


「では、本当にダンジョンに住むのか?」


「ああ。時々王国に戻るけどな」


「じゃあ、空いてる部屋があるから使うといい」


「ところで、俺がダンジョンに残る理由が必要なんだけどさ」


「そんなのなんとでもなろう」


「人質ってことでどうかな」


「わしが人質をとるってことか?」


「そのとおり。よろしく頼むぞ」



 俺は沈痛な面持ちで、酒を運んできた者たちに告げた。


「魔王は、和平を保証してほしいとのことだ」


「保証といわれましても」


「はっきりとは言わなかったが、俺を人質にしたそうだった」


「そんな話、認めるわけにはいかないでしょう?」


「だが、平和のためだ」


「え? そこまでの覚悟を……」


「おれは充分長生きしたし、王都での生活も楽しんだ。気にするな」


「勇者……」


 仲間たちは感動しているようだが、嘘ついてごめんな。


 おれは自分の気持ちに正直でいたい。


 こうして、俺はダンジョンに住むことになった。



 王都では魔王との和平の話で持ちきりだった。


 魔王を討伐する必要もないし、魔物が人間の領域に来ることも無い。


 勇者の犠牲によって。


 誰が言い出したのか知らないが――


「勇者の銅像を建てよう」


 そういう話になった。


 商人組合が主に出資したようだ。


 銅像は広場に設置され、広場に元々あった池にはコインが投げられるようになった。


 毎年春には「カインベル祭り」が行われ、屋台がたくさん出店し、近隣からも観光客が訪れるようになった。


 神殿からは神官が派遣され、魔王武力討伐から和平までの一連の話を勇者の銅像の前で人々に説法するようになった。



 さて、そんな祭りの真っ最中、俺は次回の魔王への供物の打ち合わせのために王都を訪れていた。


 自分の銅像が立っているので、フードを深く被ってばれないようにした。


「国王陛下への謁見をお願いしたい」


「だれだ、お前は? 紹介も無しに会えるわけがなかろう」


「聖剣が折れた時はもうだめかと思いました、とお伝えいただければわかるかと思います」


「なんだそれは。伝えてはやるがな」


 しばらく返事があるまで待つ。


「……そのまま謁見の間に通せとのことだ。あんた、誰なんだ?」



 謁見の間にて。


「久しいのう、“正直者の勇者”カインベルよ」


「陛下に置かれましては、ますますの王国のご発展、おめでとうございます」


「今日はただご機嫌伺いに来ただけではあるまい?」


「魔王への供物の打ち合わせに参りました」


「おお、もうそんな時期か。前と同じように多めに献上すればよいのであろう?」

「御意にございます」


「わざわざダンジョンから王都まで来るのも大変であろう。このような用事は手紙で済ませてもよいのだぞ?」


「はは、手紙を持って行ってくれるものもおりませぬので」


「なるほどのう」


「それよりも、城下のあの銅像はどういうことでございますか」


「ああ」


「あんなものを建てられたら、街を歩きにくくて仕方ありませぬ」


「あれは市民有志が建てたものでな。わしがとやかく言うわけにもいかないのだ。それに、街中を歩いていても勇者であるとは気づかれないのではないか?」


 たしかにそうかもしれない。


 銅像はあくまで銅像だ。俺とは微妙に似ていない。


 それに、街の人々にしてみたら、勇者カインベルは魔王のところに行ってしまってもう帰ってこない人。


 目の前にいたって気付かないだろう。


 酒のつまみを大量に買ったが、誰も俺には気づかなかった。


 勇者というのはすでに歴史の中の存在になったのかもしれないな。


 台車に荷物を載せて、ダンジョンの奥へと潜った。



 何度目かの魔王への供物の日。


 ダンジョンの入り口からシャラン、シャランという音がする。


 それは徐々に近づいてきた。


 こっそり見ると、神官を先頭に着飾った人々が酒樽を運んでいる。


 台車も普通の台車ではなく、彫刻されて飾りのついたものだ。


 神官が杖を持っていてそれがシャランシャランと音を出していた。


「だいぶ派手にしてきたな」


「ええ、酒を魔王に捧げる祭りですから」


「祭り?」


「そうでしょう?20年に1回、魔王に酒を捧げて五穀豊穣と家族の健康を願う祭りです」


 しばらくしないうちに、行事の趣旨が変わってきたらしい。


「それでは、この酒樽をお納めください」


 それだけ言うと神官一行はシャランシャランと音を立てながら帰って行った。



 平和だ。


 魔王マーキンとシャンパンを飲みながら語り合う。


「もう、勇者なんて必要ない時代になったんだな」


「不満か? また暴れてやってもいいが」


「灰にされても困るだろ? それに、この平和は俺が作り出したものだ。満足してるよ」


 勇者になった時に求めたもの。


 それは平和だった。


 満足している、心の底からそう思う。


 そんなことを考えながら杯を空にした。



 おしまい。


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