05 勇者の後継者
「しばらく勇者を探すから留守にする」
おれはそれだけ言うと、国内をひたすら旅をした。
未来の勇者とはどのような人物なのか……。
いや、適当でいいんじゃないか?
国内を隈なく探す予定だったが、早々に切り上げて近くの村へといった。
10歳くらいの男の子が遊んでいる。
「よし、君が勇者だ」
「は?」
「は? じゃない。私は勇者カインベル。次の世代の勇者を探している」
俺は男の子を指さして言った。
「君は今日から勇者だ。私が特訓してやる」
母親が勢いよく走ってきた。
「私の子供に何をするんですか!」
「わるいけど、君の息子は今日から勇者だ。王都へ連れて行くよ」
「勇者なんかじゃありませんから! お願いです。連れて行かないで」
母親がすがってくるが、ふりほどいた。
「ラタ! ラタ!」
名前はラタというのか。
勇者ラタ。
「リチ! ルツ! レテ! お父さんを呼んできて!」
「ちょっとまって。そのお父さんの名前というのは」
「夫はR……」
「そこまでだ!」
「いや、でもラタを連れて行くというなら紹介しないと」
「あとでこっそりと教えてくれ」
とにかく、勇者にでっち上げたラタを王都へと連行した。
「おお、勇者ラタよ。よくぞ参った」
さっそく国王との謁見である。
「まだ年端もいかぬ少年だが、勇者なのだな?」
「御意。魔王復活の時期に活躍できるよう選んでまいりました」
「いや、ぼく勇者じゃな……」
「まぎれもなく勇者です」
ラタの言葉を遮るように宣言した。
もちろん、顔には<勇者で間違いない>と文字を書き込んだ。
「カインベルさん、僕は勇者らしいことなんて何もできないよ?」
「大丈夫。剣を振って魔法をかけるだけだから」
魔物は他のパーティメンバーが倒してくれるし、魔王は話がついているし問題なしだ。
そして18年後、魔王討伐の命が下った。
「魔王ちゃんなんて、超余裕っすよ」
勇者ラタはちゃらい男になっていた。
10歳から28歳まで勇者としてもてはやされた結果だ。
「カインベルちゃんもついてきてくれちゃう系?」
いらいらして剣を突き刺しそうになった。
我慢だ、我慢。
「今回は後見人としてついていく。よっぽどのことがないと手を出さないからな」
パーティメンバーは一流の者ばかりなので、勇者はラタでも大丈夫だ。
ダンジョンの攻略も滞ることなく進んだ。
「今回のダンジョンも凝ってるなぁ」
初参加のメンバーにはわかるまい。
魔王マーキンのこだわりがひしひしと伝わってくる。
やがて魔王の間へとたどり着いた。
「いつもは勇者だけが戦うんだけど、初めてだからみんなで行こうか」
事情をしらないメンバーたちに緊張が走る。
呪いをかけられたら大変なことになるのは広く知られている。
「ではいくぞ」
一斉に魔王の間へと踏み込んだ。
「魔王、覚悟!」
勇者ラタは剣を振りかざした。
ぺちっ。
間の抜けた音が響く。
魔王マーキンはちらちらと俺の方に視線を向けてくる。
いや、こっち見んなよ。
へぼい攻撃でどうしていいかわからないだろうけど、そこは自分で解決してもらわないと。
なので、俺は目を背けた。
再び勇者の攻撃。
ぺちっ。
魔王マーキンはどうしたらいいか迷っている。
「うぅ、やられたぁあ……」
それだけ言うと消えていった。
大根役者すぎる。
「あれ、魔王ってこれで死ぬの?」
勇者ラタが呆然としている。
「ごめん、実は君の剣に魔力を込めたんだ。言いそびれちゃって」
適当な言い訳をしておいた。
「じゃあ、俺は魔王の間の確認をするから、他の者は外で待っていてくれ。変な呪いがあってもよくないからな」
「うぃっす」
勇者ラタが返事をした。
昔は純朴な少年だったのにな。
さて、20年ぶりの魔王との会談だ。
「さっきのあれは無いよな。とんだ大根役者だ」
「そうはいっても、あの攻撃でやられろってのが無理な話だろ」
「まあ、そうなんだけどな」
「毎回あれだと辛いから何とかしてくれよ」
「何とかといってもねぇ……」
今回は梅酒を味わいながらの飲み会だ。
「いいこと思いついた。適当な剣を聖剣にして、魔王はそれに弱いということにしておけば?」
「それだ! カインベル、ほんと頭いいな」
「いやぁ、それほどでも」
「しかし、勇者がこんな風になってしまうなんてな」
「あ? なんか言った?」
「何でもないぞ」
部屋の隅に剣が転がっている。
いつの時代の冒険者か知らないが、おいていったものだろうか?
「こいつでいいかな」
「ちょっとまってな。魔王の紋章を刻んでやる」
それっぽい剣ができた。
「名付けて聖剣魔王スレイヤー、どうじゃ」
「ネーミング……」
「分かりやすくてよいではないか。ほれ、持って帰れ」
「それじゃ、20年後」
「楽しみにしておるぞ」
外で待っている仲間たちと合流した。
「聖剣魔王スレイヤーをみつけた」
「おお、これで魔王も一撃だ」
「勇者じゃなくても魔王を倒せるのかな?」
皆、その価値がわかるようだ。
国王に魔王討伐報告の折、聖剣魔王スレイヤーについても話をした。
「次の魔王討伐は格段に楽なものになりましょう」
「おおそうか、ちょっと見せてくれ」
国王は聖剣魔王スレイヤーを手に取ると素振りを始めた。
ガキッ。
嫌な音がした。
剣が階段に当たって曲がってしまった。
「あれっ、ちょっと当たっただけなのに、どうしよう。ちょっと勇者、見てくれる?」
「うわ、いっちゃってますね。このままでは戦えないですね」
「なんとかならんか」
陛下、いやな脂汗をかいている。
「腕のいい職人がいるので相談してみますが……」
「うむ、ぜひそうしてくれ。報酬は弾むと伝えてくれ」
「では、早速行ってまいります」
鍛冶屋にて。
「この剣、直せるか?」
「どれ、みせてみな。……これを直すくらいなら新しく買った方がいいぜ?」
「思い出の品なんだ」
適当に嘘をつく。
顔に文字を浮かべた。
<金ならいくらかかってもいい>
鍛冶職人はちらちら俺の顔を見ている。
「そうなんだな。ぜひやらせてくれ」
出来上がった剣は想像以上の出来だった。
これなら聖剣魔王スレイヤーとしても恥ずかしくない。
「素晴らしい出来栄えだ」
金貨の入った袋を鍛冶師に渡した。