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森の空気は澄んでいて、時々小鳥のさえずりが聞こえる。
気温は暑すぎず、寒すぎず、あたたかな木漏れ日が心地いい。
リリーディアは今、屋敷周辺の森の中をシルヴィオと二人で散歩中だ。
動きやすいようにと、リリーディアは膝丈のワンピースに着替えた。
ピンクの布地に花柄の刺繍が施されたワンピースは、一目で気に入った。
花モチーフのバレッタも、茶色の編み上げブーツも。
シルヴィオが選んでくれた物はどれも可愛くて、さすがリリーディアの好みを熟知しているだけある。
「見て、シルヴィオ! リスがいるわ!」
木の枝に野生のリスがいるのを見つけて、リリーディアは声を上げた。
茶色の小さな体に大きなまんまるの瞳が可愛らしい。
「なんて可愛いのかしら」
木の実を両手に挟んで、かじっている。
近くに巣があるのか、仲間のリスも寄ってきた。
「か、可愛いがいっぱい……!」
記憶がないから、初めて見るリスにリリーディアは大興奮だった。
そんなリリーディアの隣で、シルヴィオもにこにこと笑みを浮かべている。
いつもより楽しそうなシルヴィオに、リリーディアも嬉しくなる。
「シルヴィオも、リスが好きなの?」
「いいえ」
「え? でも……とても楽しそう」
「楽しいですよ。姫の笑顔がたくさん見られるので」
「そ、そう?」
シルヴィオの基準はやはりリリーディアのようだった。
「姫が望むなら、あのリスを連れてきましょうか?」
「ううん、あの子たちの生活を人間の手で邪魔したくないもの」
「姫は本当にお優しい」
「ふふ、シルヴィオは私に甘すぎるわ」
「そんなことはありませんよ」
くすりとシルヴィオが笑う。
彼は自分がどれだけ甘いのか自覚していないようだ。
しかし、それをいちいち指摘することはもうしない。
リリーディアとて、シルヴィオと過ごすうちに学習しているのだ。
リスから目を離し、リリーディアはまた歩き出す。
そして、白く美しい花を咲かせる木を見つけた。
「まあ、とてもきれいな花!」
甘い香りに誘われるようにその木に近づこうとすると、リリーディアをシルヴィオが止めた。
こんな風に突然触れてくることはなかったので、どきりと心臓が跳ねる。
「姫、それ以上はいけません」
そう言って、シルヴィオは握った手に力を込める。
リリーディアはドキドキしながらも、その意味を考える。
「……もしかして、この木が目印なの?」
「そうです。この木が結界の要になっているのです」
屋敷に魔素を寄せ付けないためだろう、木は屋敷を取り囲むように植えられている。
魔素がないから、ここには魔物も存在しない。
しかし、この木の向こう側は徐々に魔素が増え、魔物も存在するのだという。
「じゃあ、私はこの木に守られているのね。この木は、何というの?」
「ハナミズキです。ハナミズキの樹液は、魔素を中和する薬にもなるんですよ」
「シルヴィオは何でも知っているのね」
「姫に関わることですから、勉強しました」
誇らしげにシルヴィオが笑みを浮かべた。
リリーディアのせいで――と考えるのはもうやめた。
シルヴィオの幸せはリリーディアの側にあると信じてもいいだろうか。
(シルヴィオには本当に助けられているわ)
リリーディアが感謝の言葉を告げようとした時――。
「ストリヴィア師団長!」
ハナミズキの向こう側から、男性の叫び声が聞こえた。
(ストリヴィア師団長って、誰かしら?)
この森の奥には、リリーディアが療養する屋敷しかないはずだ。
しかし、ストリヴィア師団長という人の名は聞いたことがない。
というか、リリーディアはシルヴィオ以外の人を知らない。
「ねぇ、シルヴィオは誰か知って……――?」
話しかけようとして、リリーディアは途中で息をのむ。
シルヴィオの纏う空気が変わっていた。
金の瞳には光がなく、冷たい無表情で。
笑顔のシルヴィオしか知らないリリーディアは、驚いて固まってしまう。
その間にも、近くで男性は「ストリヴィア師団長」を探している。
「……姫、この森に迷い込んだ愚か者がいるようですので、道案内をしてきます」
「え、えぇ」
「姫は先に屋敷に戻っていてください。いいですね?」
「分かったわ」
リリーディアが頷いたのを確かめて、シルヴィオは握っていた手を離した。
そして、リリーディアに背を向けて木々の向こう側へと向かう。
リリーディアが、足を踏み入れられない結界の外へ――。
お読みいただきありがとうございます。
もすうぐシルヴィオ側のことも少しずつ明らかになるかも?しれません。
読者様のおかげで、なんとか連続更新頑張れています!ありがとうございます。
これからも応援いただけると嬉しいです。