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「あの男を呼べ」
ずっと気配を消していたのだろう。
王の命にすっと姿を現した魔術師たちが動き出す。
そして、父はリリーディアに向けて魔術を発動した。
「……っ!」
声が出ない。
リリーディアがハッとした時には、殺気をむき出しにしたシルヴィオが謁見の間の入り口に立っていた。
シルヴィオはいつも、国王との謁見中は近くの部屋で待機している。
リリーディアに何かあった時にすぐ駆けつけられるように――と。
それが裏目に出た。
リリーディアが国王に足蹴にされている場面を見られてしまった。
首筋の傷も、隠す暇なんてなかった。
黒い靄のような魔力が、シルヴィオから漏れだしている。
「ふっ、こんな化物がこの国を守ると?」
リリーディアを踏みつけて、国王が嘲笑する。
次の瞬間、国王はシルヴィオに床に組み敷かれていた。
(シルヴィオ、駄目……っ!)
リリーディアは咄嗟にシルヴィオに抱きつく。
シルヴィオはリリーディアを傷つけないようすぐに魔力を抑えたが、もう遅い。
「反逆者を捕えよ!」
王に手を出した。
いかなる理由があろうとも、それは許されないことだ。
それも、王族でも貴族でもない、平民の従者が。
魔術師たちが魔術陣を発動させ、シルヴィオを狙う。
「姫は下がっていてください」
そう言って、リリーディアを背に庇うように立つ。
シルヴィオは応戦するつもりのようだった。
しかし、このままでは本当に反逆者になってしまう。
リリーディアはシルヴィオの背から出て、そのきれいな頬を平手打ちした。
「……姫?」
金の瞳が驚きに瞬いた。
今まで、リリーディアは一度だってシルヴィオに手をあげたことはなかった。
「余計なことはしないで」
シルヴィオが国王を止めようとしたからか、リリーディアにかけられた術は解かれていた。
そして、リリーディアが命じたタイミングで、魔術師たちはシルヴィオを拘束する魔術を行使した。
リリーディアが命じたから、シルヴィオは抵抗せずに捕縛された。
「言った通りだろう? あの男は災厄だ。処刑は明日行う」
魔術師による転移でシルヴィオがいなくなると、国王が楽しそうに笑う。
シルヴィオを叩いた手がじりじりと痛む。
(処刑なんてさせない……!)
「お待ちください。シルヴィオは、私の血を見て驚いただけです。国王陛下に危害を加えようとした訳ではありません」
「苦しい言い訳だな。本気で私を殺そうとしていたぞ?」
「いいえ。シルヴィオが本気を出していたのなら、きっと今ここに生きている者はおりません」
リリーディアははっきりと言い切った。
確かに殺気は出ていたが、本気で殺そうとしていた訳ではない。
あれには、けん制の意味合いが強かっただろう。
(だから、まだ庇うことができるはず……)
「シルヴィオの主は私です。この責任は、私がとります」
「魔力もないお前に何ができるというんだ?」
国王が値踏みするような目をリリーディアに向ける。
何か、価値を示さなければ。シルヴィオを助けられるだけの。
「確かに私には魔力がありません。ですが、この血にはたしかに王家の血が流れています」
母が不貞を働いていないことをいつか示したいと望んだリリーディアのために、シルヴィオが協力してくれたことがあった。
魔力はなくとも、王族の血が流れているのなら、魔術に対して何らかの反応を示すはずだ。
そう考えたシルヴィオは正しかった。
そして、リリーディアの秘めた能力についてすぐに公表することはせず、何かあった時の切り札にしようと二人で決めた。
いつリリーディアの立場が危うくなるとも知れなかったからだ。
「私の血には強い魔素への耐性があり、魔素を吸収し、保管することができます」
リリーディアの発言に、国王だけでなく、その場に残っていた魔術師も目を見開いた。
魔術師は、空気中の魔素と自らの魔力と融合させ、魔術陣によって術を行使する。
王族やシルヴィオのように、自らの魔力だけで術を発動できる者は稀有な存在だ。
だからこそ、魔素をどれだけ扱えるかが重要になってくる。
「私の血を捧げます。だから、どうかお願いします」
リリーディアは深々と頭を下げた。
シルヴィオの人生を変えたのは、リリーディアだ。
彼を守る責任がある。
一緒に生きていく未来よりも、何よりもリリーディアはシルヴィオに生きていて欲しい。
「ふ、ふははは……っ! やはり何か隠していると思ったが、そんな便利な血をもっていたとはな!」
国王の笑い声が、謁見の間に響く。
しかしその目は笑っておらず、黒い怒りが見えた。
「見事に騙されていたという訳か。この私が、お前のような小娘に」
「国王陛下……?」
「まあいい。ようやく役に立ってくれるんだろう? 我が娘よ」
初めて、国王が娘だと口にした。
こんな状況でなければ、昔の自分なら、喜べたかもしれない。
「はい。シルヴィオを救ってくださるのなら」
「あぁ。だが、もうこの国にはおいておけぬ。この意味が分かるな?」
「はい」
「私が命じても、あの化物はお前の側を離れようとはしないだろう。だから、お前が追い出せ。それができなければ処刑だ」
「……お任せください」
シルヴィオを手放す覚悟を決めて、リリーディアは頷いた。
リリーディアがこの手を放すだけで、彼を救えるのだ。
もう二度と会えなくてもいい。
どこかで生きていてくれるなら。




