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どうやらリリーディアは、クラリネス王国の第二王女らしい。
そして、シルヴィオはリリーディアの従者だという。
「体調はいかがですか?」
「えっと……たぶん、大丈夫です」
記憶喪失であることを除けば、体調に問題はないだろう。
そう思い、リリーディアはあいまいに頷いた。
「本当に? どこも痛くないですか?」
シルヴィオは心配そうにリリーディアの顔を覗き込む。
急に近づいてきたものだから、避けることもできずにリリーディアの視界いっぱいに美貌が映る。
「俺に嘘は吐かないでくださいよ?」
神秘的な金の瞳に探るように見つめられ、リリーディアの心臓がドクンと跳ねた。
至近距離にシルヴィオの顔があるものだから、リリーディアは壊れかけの人形のようにコクコクと頷くことしかできない。
「それなら、何か食べられそうですか?」
「え……?」
「お腹空いていませんか? 姫が好きなものを作りますよ」
好きなもの――と言われても、何も覚えていない。
というか、シルヴィオが作るのか。
思ったことがそのまま表情に出ていたのか、シルヴィオはリリーディアを見てふっと笑った。
「姫が覚えていなくても大丈夫です。姫のことは俺が知っていますから」
そう言って、シルヴィオはにっこりと笑う。
従者として側にいた彼だからこそ、リリーディアのことをよく知っているのだろう。
「……何を作ってくださるのですか?」
「アップルパイです」
アップルパイ。
それがリリーディアの好物だったのか。
想像すると、お腹が空いてきた。
「ここに水がありますから、しっかり水分補給してくださいね。それでは、用意しますので少々お待ちください」
サイドテーブルに置かれた水差しを指して、シルヴィオは部屋を出て行った。
彼がいなくなったことで、リリーディアは大きく息を吐く。
「私は、リリーディア。リリーディア・クラリネス……」
自分の名前のはずなのに、しっくりこない。
かといって、ではどんな名前なら良いのかも分からない。
自力で思い出そうにも、いつも一緒にいたはずのシルヴィオのことさえ思い出せないのだ。
ベッドの上でじっとしていても、何も変わらないだろう。
そう思い、リリーディアはベッドから出た。
リリーディアが眠っていた天蓋付きのベッドはふかふかで、室内にはテーブル椅子をはじめ、クローゼットに鏡台、書棚などの調度品が置かれていた。
自分がどんな部屋で過ごしていたのかさえ覚えていないので、当然この部屋が誰の部屋なのかも分からない。
何か思いだせるかも……と窓に近づくが、見えたのは森の木々だけだ。
クラリネス王国の王城は森の中にあるのだろうか。
(でも、ここはお城ではない……わよね?)
城壁も庭園も見えない。近くには街もなく、だだっ広い森だけが広がっている。
城でないのなら、ここはどこなのか。
王女である自分が何故、こんな何もない森の中の屋敷に滞在しているのだろう。
それに、窓ガラスに映った自分の姿にも驚いた。
長く伸ばしたキャラメル色の髪はふわふわで、ピンクの瞳は可愛らしい。
しかし、顔は少し青白く、心なしか頬もこけているような気がする。
体力も落ちているのか、室内を少し見て回っただけでかなり疲れてしまった。
王女である自分が何故、こんな健康状態なのだろう。
これ以上立っていることもできなくて、リリーディアは倒れるようにして室内のソファに腰かけた。
「……私に一体何があったの?」
城ではなく、森の中に滞在している王女。
王女でありながら、健康的ではない体。
リリーディアの側には従者であるシルヴィオただ一人。
王女が記憶喪失になるほどの出来事とは、一体……――?
シルヴィオを待っている間、自分の記憶と境遇に対する疑問は尽きることはなかった。