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森の中で蹲るリリーディアを見つけると、シルヴィオは優しく抱き上げた。
涙の痕を隠したくて、リリーディアは両手で顔を覆う。
「姫、どうして一人で屋敷を出たのですか?」
「…………」
「どうして泣いていたのですか?」
「…………」
混乱している頭では、シルヴィオの問いに何と答えればいいのか分からない。
聞きたいこと、確かめたいことはたくさんある。
シルヴィオがリリーディアをどう思っているのか。
何のために、リリーディアの記憶を奪ってまで二人で生活しているのか。
どうして、クラリネス王国を……――。
(聞くのが、怖い……)
頭痛はまだ続いていて、リリーディアの心は受け入れられない現実に傷ついていた。
自分に触れる手はこんなにも優しいのに、リリーディアが知らない世界では誰かの命を奪っていたなんて。
もう何も考えられない。
疲弊した精神が、リリーディアの意識を途切れさせる。
*
次に目覚めた時、リリーディアはベッドの上にいた。
側にはシルヴィオがいる。
「姫、熱が出ているようです。少しでも食べて、薬を飲んでください」
シルヴィオがチキンスープを作ってくれた。
薬と水も、サイドテーブルに準備されていた。
一人で森へ向かったリリーディアのことを追及するのはやめて、シルヴィオは看病に徹してくれている。
それがとてもありがたくて、リリーディアも体調を戻すことに集中する。
一人で考える時間が欲しかった。
他人から聞かされる自分の過去が、今のリリーディアの状況と重ならなくて、何を信じればいいのかが分からない。
(今は、寝よう……それで、起きたらちゃんと考える)
掛布をすっぽりかぶって、リリーディアは眠りについた。
一晩寝ると熱は下がり、頭痛も収まっていた。
近くにシルヴィオの気配はない。
ベッドから起き上がり、リリーディアは窓辺に近づく。
外の空気が吸いたくて窓を開けようとしたが、何故か鍵が開かない。
それに――。
「……窓に、格子なんてあったかしら?」
リリーディアは小首を傾げる。
窓が開かないことを不思議に思いながらも、リリーディアは部屋を出ようと扉に手をかけた。
「え、どうして……?」
扉が開かない。
ガチャガチャとドアの取っ手を動かしても、何も変わらない。
外から鍵をかけられている。
「シルヴィオ! 近くにいる?」
リリーディアは扉を叩きながらシルヴィオを呼ぶが、返事はない。
(……もしかして、閉じ込められている?)
リリーディアが一人で屋敷を出て行ってしまったから……?
シルヴィオがリリーディアに酷いことをするはずがない。
そう信じていたけれど。
クロエが話していたことが事実なのだとしたら、シルヴィオはリリーディアを恨んでいる。
ずっと側にいたシルヴィオが、リリーディアの異変に気づかないはずがない。
もしかしたら、リリーディアが過去のことを知ったことがバレている……?
急に不安になって、心臓が早鐘を打つ。
「シルヴィオ……」
彼と向き合って、ちゃんと話をしなければ。
でも、何を話せばいい?
事実を確認して、彼を責めるのか。
(それに……以前の私は何故、シルヴィオを追い出したの?)
リリーディアの記憶はまだ蘇っていない。
眠っている間に、クロエが作った小さな綻びは、シルヴィオによって修正されたのかもしれない。
彼女はせっかく助け船を出そうとしてくれていたのに、リリーディア自身が拒否してしまった。
そして今、リリーディアは部屋に閉じ込められている。
非力なリリーディアには窓の格子を外すことも、扉を壊すこともできない。
それに、もし外に出られたとして、周囲の森を抜けられるとは思えない。
記憶喪失で、現実世界のことをほとんど覚えていないリリーディアが一人で生きていけるとは思えなかった。
クラリネス王国の王女だと名乗ったとしても、すでにサウザーク帝国に侵略された王国だ。
どんな扱いをされるのか分からない。
シルヴィオがいなければ、リリーディアは生きていくこともできないのだ。
こうなってみて改めて、リリーディアは自分が無力なのだと思い知らされた。
(そういえば、クロエさんがくれた赤い蝶は……)
見える場所にはいない。
逃げたいと思った時に、と彼女は言ったが、母国を侵略したサウザーク帝国の魔術師に頼ってもいいものか。
それを言えば、シルヴィオはサウザーク帝国の魔術師団長で、クラリネス王国を攻め落とした張本人だ。
だが、シルヴィオから逃げたいか、と問われれば答えは否だ。
事実を知った今でも、ショックではあるがシルヴィオを嫌いにはなれない。
だって、リリーディアはシルヴィオ本人から憎悪を向けられたことはないのだから。
お読みいただきありがとうございます。
第4章に入りました。
ちょっと雲行きが怪しくなってまいりましたが、今後とも見守っていただければ幸いです。




