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記憶喪失の姫は偽りの従者の執着愛に囚われる  作者: 奏 舞音
第3章 それはもうすぐ終わる夢

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「あの、どうして私を呼んだのですか?」


 わざわざ魔法で操る蝶を使って。

 シルヴィオに気づかれないように。

 問う声は緊張で震えていた。

 リリーディアの拳には無意識に力が入る。


「あなたと話していることがシルヴィオにバレたら、今度こそ殺されてしまうから、手短に話すわね」

「え? シルヴィオはそんなこと……」

「するわ。彼はあなた以外の人間は平気で殺せる人よ」


 クロエが真剣な表情で言うものだから、リリーディアはそれ以上否定の言葉を紡ぐことができなかった。


「それに、シルヴィオはあなたを守るためだけに側にいる訳ではないと思うわ」

「それは、どういう……?」

「あなたの記憶を奪ったのは、シルヴィオよ」


 リリーディアはクロエの言葉に息をのむ。

 そこまで驚きはしなかった。

 その可能性は考えていたし、覚悟していた。

 あぁやはりそうか、とどこかで納得している自分もいる。

 怖いのは、その先だ。

 何故、リリーディアの記憶を奪う必要があったのか。


(聞かなきゃ……いけないのに……)


 聞きたくない。知りたくない。

 頭の中で強く警鐘が響いている。

 喉が詰まって声にならない。

 何のためにクロエのところへ来たのだ。

 どんなことがあっても彼を信じて、現実を受け入れようと覚悟を決めたはずだったのに。

 リリーディアのピンクの瞳に涙が浮かぶ。

 そんなリリーディアに近づいて、クロエは優しく頭を撫でた。


「何も知らない可哀想なお姫サマ。わたくしではシルヴィオの術を解くことはできないけれど、綻びを作ることぐらいはできるわ」

「……っ!?」

「ちゃんと思い出しなさい。シルヴィオはあなたにとって、優しいだけの男ではないでしょう?」


 クロエの手が離れた瞬間、ズキズキと頭が痛みだす。

 頭の中にある記憶の箱が、ほんの少しだが、動き出そうとしているような。

 駄目だ。今は、耐えられそうにない。

 かすかに開きそうだったその蓋をリリーディアは無理やり押さえつける。

 頭痛がひどくなって立っていられなくなり、リリーディアはその場にしゃがみ込んだ。

 しかし、クロエの言葉を止めることはできない。


「シルヴィオは、あなたのクラリネス王国を滅ぼした男よ?」


 頭をおさえるリリーディアの耳元で、クロエが囁く。

 どくどくと心臓が嫌な鼓動を立てる。

 信じたくなくて、かすかな希望にすがりたくなる。


「う、嘘よ。そんなはずない。だって、物資は王都から届いてるって……っ!」

「あなたは自分の記憶を奪った男の言葉を信じるの?」

「……それはっ」


 だからといって、クロエの言葉も信じがたい。

 クラリネス王国が滅んでいるだなんて。


「まぁ、あなたが信じようが信じまいが、それが事実よ。クラリネス王国は、一年前にサウザーク帝国の侵略戦争に負けた。シルヴィオはサウザーク帝国の魔術師団長として最前線で戦い、多くの功績を上げたの」

「シルヴィオが……サウザーク帝国の魔術師団長? どうしてっ!?」

「彼をクラリネス王国から追い出したのは、あなただと聞いているわ。そして、わたくしは魔術師団長になったシルヴィオの補佐を務めていたの。クラリネス王国への彼の憎悪は凄まじかったわ」


 シルヴィオが、クラリネス王国を憎んでいた?

 それに、リリーディアが彼を追い出した?

 どういうことか分からない。

 彼はリリーディアを恨んでいたから、クラリネス王国に攻め入ったのだろうか。

 それならば何故、今のリリーディアは大切に守られているのか。

 リリーディアが知るシルヴィオとかけ離れすぎて、現実に起きたことだとどうしても思えない。

 けれど、もし、本当のことだったなら。


「私の、家族は……?」


 かすれる声で、頭痛に耐えながら、リリーディアは必死に言葉を紡ぐ。

 思い出そうとしても思い出せない、リリーディアの家族。

 他にも、クラリネス王国には大切な人たちがいたかもしれない。

 友達もいたかもしれない。

 記憶がないせいで、リリーディアは彼らの安否を確かめることもできないのだ。

 そのことに今更ながら気づき、不安と恐怖でうまく息ができなくなる。


「クラリネス王家はあなた以外、もう残っていないわ」


 クロエの言葉が、リリーディアの心を刺す。

 シルヴィオが記憶を奪ってまで、隠したかったのは。

 頭が痛くて、胸が苦しくて、もう何も考えられない。

 考えたくない。


「そろそろ行くわ。シルヴィオから逃げたいと思ったら、この子を使いなさい」


 ショックが大きすぎて蹲るリリーディアの目の前に、クロエは赤い蝶を差し出した。


「でも、私は……魔素に耐性がなくて……」

「なんだか素直すぎて心配になるわね。あなたがもし魔素に耐性がなければ、あの魔術だらけの屋敷で生活なんてできていないわよ」

「そう、だったの……」

「それじゃあ、これからのことをよく考えることね」


 そう言って、クロエは強く吹いた風とともに消えてしまった。

 転移魔法だろうか。

 茫然とクロエが消えた先を見つめていたが、遠くからシルヴィオの声が聞こえて我に返る。


「これからのこと……」


 シルヴィオと二人だけの甘くて、優しい生活。

 何も知らないままでいたなら、きっと、彼を疑うことなく続けられた。

 まだクロエから聞いた話はどこか遠い世界の話で、自分には関係ないもののような気がしている。

 それでも、実際に起きた事実で、現実なのだとしたら。

 シルヴィオがリリーディアを恨んでいるとしたら……。

 信じていたあの優しい手が、いつかリリーディアの命を奪う日がくるのだろうか。

 クラリネス王国を滅ぼしたように。

 リリーディアの記憶を奪ったように。

 しかし、これだけは確かだ。


 リリーディアはもう、何も知らなかった頃には戻れない。


 ガラガラと幸せが崩れ出す音がした。

いつもお読みいただきありがとうございます。

『第3章 それはもうすぐ終わる夢』終わりました!

ようやく、あらすじ部分をすべて回収できました。

次からは新章です!!


とんでもない事実を知ってしまったリリーディア。

そして、彼女の記憶を奪って二人だけの甘い夢をみていたシルヴィオ。

二人の関係はどう変わっていくのか……!?

見守っていただければ幸いです。


感想や★などで応援いただけると執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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