4
「私、何かまずいことを言ってしまったの……?」
シルヴィオがなかなか戻ってこないことに不安になり、リリーディアは自分の言葉を思い返す。
――私は、シルヴィオのプラチナのようにきれいな白髪が好き。神秘的な金の瞳が好き。落ち着いた低い声が好き。優しいこの手が好き……だから、少しはシルヴィオ自身のことを大切にしてほしいわ。
そして、みるみるうちに羞恥に頬が火照った。
「…………な、な、これって告白になるのかしら?!」
あの時は、シルヴィオが自分自身のことをもっと大事にしてほしいという一心だった。
しかし、いざ自分の言葉を思い返せば、シルヴィオを好きだと連発している。
これを告白でなくてなんだというのだろう。
事実、リリーディアはシルヴィオのことが好きだ。
しかし、伝えるつもりはなかったのに。
浮かれていたのだ。
記憶のない自分も経験したことがない、シルヴィオとの思い出を作ることができたから。
シルヴィオが思わず背を向けてしまったのは、仕える姫に恋情を持たれて戸惑ってしまったからではないか。
従者である彼は、姫であるリリーディアの気持ちに応えることすらできない。
この屋敷でたくさんの物語を読んで、リリーディアは身分差の恋がどれだけ難しいのかを知った。
だからこそ、その恋は燃え上がり、読者に感動を与える。
しかし、現実ではそううまくいかない。
きっと、リリーディアの告白はなかったことにされるのだろう。
今この場にいないのが、その答えのように思えた。
それに、ちゃんとした告白をしたところで、受け止めてくれたかは分からない。
シルヴィオは、リリーディアには甘いくせに自分のことには深く踏み込ませてはくれないから。
シルヴィオの意思を汲んで、リリーディアも彼を好きだと言ったあの言葉たちに特別な意味などないふりをしなければ。
そうでなければ、今の関係が変わってしまうかもしれない。
とても、とても寂しいけれど。
「どうして、シルヴィオは……」
近づこうとすると離れていってしまうのだろう。
大事にされていることは分かるのに、リリーディアはこの埋まらない距離感がもどかしくてたまらない。
「私が何かひとつでも思い出すことができれば、もう少し近づけるの?」
ぽつり、とこぼしたリリーディアの問いに応えるように、目の前に赤い蝶が現れた。
リリーディアを誘うように、赤い蝶はひらひらと舞う。
不思議な蝶に導かれるようにして、リリーディアは立ち上がった。
* **
赤い蝶は屋敷の外の森へ向かう。
一人では絶対に出てはいけないと言われていたけれど、リリーディアは足を踏み出した。
「どこまで行くの?」
話しかけても、蝶は答えない。
しかし、リリーディアが立ち止まると、蝶も止まる。
リリーディアをどこかへ連れて行きたいという意思を感じた。
だんだんとリリーディアの中にはある可能性が浮かんでくる。
シルヴィオだけしか知らなかった時には分からなかっただろうが、今は彼以外の人を知っている。
シルヴィオが絶対に話してくれない過去を話してくれそうな人を。
そして、蝶を追いかけながら、リリーディアは自分の体が問題なく動けていることを不思議に思う。
体力がついたのはもちろんだが、屋敷を離れると魔素の影響があるのではなかったか。
「……魔素への耐性がついたの? それとも」
初めから、魔素の悪影響など受けていなかった……?
どくん。どくん。
森が静かすぎて、やけに心臓の音が大きく感じる。
目覚めたら瞬間から、シルヴィオの言葉を疑ったことなどなかった。
言えない何かがあるのだろう、とは感じていたが、シルヴィオへの信頼が揺らぐことはなかった。
療養中の姫である自分に王都から一切の連絡がないことも、護衛が誰一人いないことも、外部から完全に隔離されていることも……。
シルヴィオを信じているから。
しかし今、リリーディアの目の前には赤い蝶がいる。
この蝶は、普通の蝶ではないだろう。
きっと魔法で生み出された蝶だ。
本当に魔素に耐性がないのなら、きっともう体は異常を起こしている。
どく、どく、どく、どく。
鼓動の音が速くなる。
気温は暑くないのに、額には汗が浮かんだ。
リリーディアの足が止まる。
蝶が導く先にいる人物は、リリーディアに真実を教えてくれるだろう。
その真実はきっと、シルヴィオがずっと隠し通したいと思っていること。
知るのが怖い。
信じていたものすべてが嘘だったら……?
リリーディアは現実を受け入れられるのか。
でも、知らなければ、シルヴィオの心が見えないままで。
リリーディアは彼が何を抱えているのかも知らずに、能天気に笑っているだけ。
そんなの、嫌だ。
「……私は、シルヴィオのことを思い出したいだけ」
たとえ過去に何があったとしても、シルヴィオを想う気持ちは変わらない。
そう覚悟を決めて、リリーディアは再び蝶を追いかける。
そして、屋敷の影が見えなくなる場所まできて、赤い蝶は白く美しい手にとまった。
「よく来てくれたわね、お姫サマ」
赤い蝶の主人は、予想通りの人物だった。
サウザーク帝国の魔術師クロエは、憐れむような眼差しでリリーディアに微笑みかけた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次回、ついにリリーディアが忘れている過去に触れます。ようやくですね。
スパダリなシルヴィオがそろそろやばい奴だとバレてしまいますが、二人の今後を見守っていただけると嬉しいです。
土日は出来るだけ更新頑張りたいと思っていますので、ブックマークや★、感想などで作者も応援いただけると執筆の励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




