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愛しい彼女に背を向けて、シルヴィオは自室に戻った。
「……あんなの、真正面から受け止めたら死ぬ」
天使のごとき微笑みで、リリーディアはシルヴィオを好きだと言った。
それがどれだけシルヴィオにとって破壊力がある言葉なのか、きっと彼女は気づいていないのだろう。
――私は、シルヴィオのプラチナのようにきれいな白髪が好き。神秘的な金の瞳が好き。落ち着いた低い声が好き。優しいこの手が好き……だから、少しはシルヴィオ自身のことを大切にしてほしいわ。
化物だと忌避されてきた白髪と金の瞳を。
シルヴィオが何をしてきたのかを知らずに、リリーディアは優しく微笑んだ。
出会った頃と同じように。
――シルヴィオ、大好きよ。
両親に捨てられて、愛情を知らずに生きていたシルヴィオに、リリーディアは光をくれた。
彼女のために生きようと決めて、側にいることを望んだ。
シルヴィオはリリーディアに幸せをもらった。
――シルヴィオが好きなものを教えてくれる?
シルヴィオが好きなものなんて、リリーディア以外にないのに。
記憶を喪っていても、リリーディアはリリーディアだった。
シルヴィオを大切に想ってくれる、優しい少女のまま。
何も知らない無垢な笑顔に胸が締め付けられて。
好意を向けられたことが嬉しくて。
可愛くて、抱きしめたくて、でも触れるのが急に怖くなった。
これは、都合の良い夢だ。
シルヴィオが作った、まやかしの夢。
リリーディアと二人だけの世界。それを作るために、シルヴィオはすべてを捨てた――はずだったのに。
現実を切り離すのは思っていたよりも難しい。
「まさか、俺を追ってくるとはな」
サウザーク帝国の魔術師になったのは、リリーディアを守れるくらい強くなるためだった。
だから、彼女を手に入れた今、サウザーク帝国には興味がない。
しかし、シルヴィオとは違い、サウザーク帝国はまだ自分を諦めていないらしい。
「皇帝も勅命など、余計なことを……」
リリーディアの笑顔を見守るだけの日々を永遠に続けていきたいシルヴィオにとって、クロエという追手は非常に面倒だった。
クロエは派手な美女ではあるが、魔術師としても優秀だ。
彼女が得意なのは、魔術を感知することと、結界をかいくぐること。
魔術師団では間諜のような任務を任せることが多かった。
シルヴィオの魔術の気配をたどり、この屋敷までたどり着くことができたのはさすがと言ったところだが。
――あなたが従者ごっこをしているようだったから、お姫サマに真実を教えてあげたのよ。
クロエは、リリーディアに余計なことを話した。
大事な彼女に害をなす者は誰であろうと許せない。
――他人の記憶を封じるなんて、こんなことがいつまでも続けられると思っているの!?
強制的に結界から締め出す直前、クロエは哀れみのこもった瞳でシルヴィオにこう言った。
正論なんていらない。
シルヴィオにとっての最善を選んだだけだ。
だから、後悔なんてしていない。
後悔なんて。もう二度とするものか。
――シルヴィオ。あなたはもう私には必要ないわ。
三年前、シルヴィオはリリーディアに捨てられた。
ずっと側にいると誓ったのに。
リリーディアはシルヴィオを手放すことを選んだ。
そして、国外追放されたシルヴィオが行きついた先がサウザーク帝国だった。
リリーディアを諦めきれなかったシルヴィオは、彼女を奪う力を付けるために実力主義のサウザーク帝国で魔術師となった。
「俺はもうリリーディアの側を離れない」
それがたとえ彼女の意思に反していたとしても。
そのために、この屋敷はシルヴィオが完璧に作り上げた。
部屋の壁に立てかけた鏡には、一人でキッチンに残るリリーディアが映っていた。
この鏡は、屋敷内でシルヴィオが望む場所を映す。
この屋敷にいる限り、リリーディアの動向でシルヴィオが把握できない場所はない。
シルヴィオの部屋一面には、びっしりと複雑な魔法陣が描かれている。
外部から屋敷を隠し、部外者をはじくため、複数の魔法を重ねた。
シルヴィオは魔法陣なしで魔法を使えるが、常時発動しなければならない魔法については魔法陣が最適だ。
しかし、クロエの侵入を許してしまった。
魔法陣を書き換える必要がある。
リリーディアからの好意をまっすぐに受け止められず、逃げ出すように部屋に帰ってきたのはそのためだ。
魔法陣の数式を組み直すことに集中していたシルヴィオは気づかなかった。
リリーディアの目の前に、魔力を持つ赤い蝶が現れたことに。
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