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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お姫様シリーズ!

織姫様シューティングスター!

作者: 葉月花日

5月に七夕の話を書いちゃってすみませんでした。

 私、斎藤楓28歳!

 百合作品が大好きな普通のOL6年生(独身)♪

 今日、7月7日は何の日か、みんなは知ってるかな?

 そう! た・な・ば・た♪

 織姫様と彦星様が年に一度だけ逢うことを許された、とってもロマンチックな日!

 そして短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るすと、織姫様と彦星様が叶えてくれる素敵な日だよね♪

 みんなはどんなお願い事を書いたかな?

 私はね、『織姫様みたいな素敵な彼女が欲しい! かえで・18歳』って書いたんだぁ。

 そしたら……。

 

『短冊ありがと♪ ちょっぱやで向かうけど3時間くらいかかっちゃうかもだから、ゆっくり待っててね♪』


 2時間前、SNSに表示された『織姫@彼ピと別れた』の名の下に送られてきたメッセージがこれだ。

 近所のスーパーで書いてきたものだから、知り合いの誰かが見つけて悪戯しているのだろう。

 しょうもねぇことしやがって。

 なぁんて思って無視してたんだけど、さっきから世間の様子がおかしいのだ。


「速報です。こと座α星、七夕の織姫として知られる『ベガ』が地球に急接近しています。残念ですが、回避する手立てはない模様です。世界は滅亡します。みなさんさようなら、良い終末を」


 テレビ画面に映るアナウンサーは、辛気臭い顔でそう告げた。


「これは罰なのです! ゼルミョッピン様を信じなさい! 信じるものだけがーー」


 窓の外からは人々の喧騒に紛れて謎の神の名前が聞こえるし、何やら暴動的なものも起きているらしい。

 折角買ってきた発泡酒もつまみもほぼ手付かずで、私は1人、座椅子に座り縮こまる。


『もうすぐ会えるね♪』


 どうやらこの送信者は本当に織姫様らしい。

 でも残念ながら私が求めていた天女ではない。

 まさかの天体だ。



『楽しみすぎて草』

「ベガッ!」


 これ、私が悪いのだろうか? いやいや、過去を振り返っても仕方ない。世界の命運は私の手に握られているのだ。幸いスマホで手軽にコンタクトが取れる、なんとかお帰り願わなければ。


『織姫様こんばんは! 黙ってましたが、私女なんです! 勘違いさせてごめんなさい!』


 シンプルイズベストだ。私と違って織姫はノーマル、私が女だと分かれば大人しくお帰りいただけるだろう。

 いけ! 送信!

 メッセージを送りつけると、即座に既読マークが付いた。どうやら彼女もスマホ(か何か)に張り付いているようで、返信のスピードも尋常ではない。

 送信して20秒も立たないうちに、間抜けな通知音と共にメッセージが届いた。


『え〜なんか固くない?笑』

「うっさいベーガ!」

『てか性別とかどーでもおk〜♪ 宇宙の男に飽きたところよ笑』

「べ、ベガ!?」


 織ちゃん両刀かよぉ〜!

 これあれかな!? もしかしなくても今晩中に結ばれちゃったり……はっ! はしたないわよ楓! ダメダメェ! 曲がりなりにも相手はお姫様なんだから! もっと清廉潔白なお付き合いをしなくちゃいけないわ!

 ……って、いやいや、まてまて、落ち着け百合女子(28)。

 私は人間、向こうは天体、どう愛し合えと?

 それに民放のアナウンサーも「滅亡」を謳っていたのだ。民放の言う事に間違いはない。受信料払ってるんだから、誤った情報を流すわけがないのである。

 となれば、やっぱりお帰り願わなければ……ん? また、メッセージが……。


『今夜ゎ寝かせないから笑 いっぱいユリユリしょ?』

「!? こ、この天体ッ!」

『た〜くさん可愛がってあけるから、楽しみにしててネ♪』

「天体ッ! ド天体ッ! テンタイテンタイ〜ッ!」


 なによ、ちょっとかわい……じゃない!

 彼女がタチっぽいからと言って喜んでどうするの!? 天体に攻められたら可愛いネコは死んでしまうのですよ!?

 危なかった。さすが一度は肉欲に呑まれた女、一筋縄ではいきそうにない。


『早く会いたいよお!泣』


 タイムリミットは残り1時間弱である。

 思い出しなさい楓。何故コミュ症陰キャの私が、仕事帰りに立ち寄ったスーパーで一人短冊に願い事を書くなんて浮かれポンチな所業に及んだのかを……。

 そうだよ、明日は楽しみにしていた『月刊百合』の発売日なんだよ!

 私はまだ死ねないんだ。こうなれば手段は選んでいられない。

 遠回しではダメ。彼女を傷つけるつもりで拒絶し、早急にご帰宅願わなければ……!


『ハッキリ言わしてもらうね 私アンタの事が嫌いなの 騙しちゃってゴメンネ〜笑 じゃ、バイバイ』


 さぁ、送信だ。

 すまんの姫。正直私も心が痛いのよ。

 織姫といえば、彦星と引き離されて仕事が手につかなくなるほどの恋愛依存性だ。

 その彼女がこんな仕打ちに耐えられるとは思えない。

 貴女が天体じゃなければ、私たちはきっと末永く幸せにイチャつけた事でしょう。


『え? ちょっとまってどういうこと?』


 1分ほどの沈黙の後、彼女から送られた返信は至極真っ当なものだった。


『何か気に触るようなこと言っちゃった?

 言っちゃったんだよね?

 じゃなきゃそんな事言わないもんね?

 え、嘘だよね?

 嘘つかせてごめんね

 悪いところ全部直すから

 ごめんね

 ごめんなさい

 ねぇ

 ねぇねぇ

 ねぇってば』


 一度止まったと思ったら連投の速度が半端ない!

 物凄く怖いんですけど!

 でも、当然っちゃ当然かぁ。


『ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ』


 天体の癖に、もっともな事を言っちゃって。

 全く、その通りだ。

 せっかくこうして繋がれているのに、簡単に考えが伝わるのに、どうしてわざわざ遠回しにしてしまうんだろう?

 同じ言葉で通じ合えているのに、相手が天体だから怖がってる? 

 いや、違う。

 人間じゃないものに人間の気持ちなんてわからないと、勝手に決めつけちゃってたんだ。

 彼女はこんなにも分かりやすく、愛を言霊に乗せているというのに。


「ごめんね、織姫」


 私は謝罪の言葉と共に、彼女の接近により地球が大混乱に陥っている事と、地球が滅びてしまう事を告げた。


「だから、ごめん。本当は会いたいけど、無理なんだ」

『そっか。うんわかった。

 ていうか、そうならそうと最初から言ってよね! 

 めっちゃ泣きそうだったんだから! 

 おこだよ!』

「ほんと、ごめんね」


 あまりにもあっさりとした結末に、思わず溜息が出てしまう。

 なんにせよ、これで一件落着だ。

 今後も地球は存続し、私は明日『月刊百合』を買って、いつも通り百合妄想に花を咲かせる。

 こんな夢のような展開には、二度とありつけないだろう。

 まあ、滅亡しちゃったら夢もなにもないか。

 この出来事は、きっと誰にも話さない。

 信じてもらえるかどうか分かったもんじゃないし、それ以上に大切にしたいんだ。私と織姫の、始まらなかった恋物語を。


「バイバイ。私の可愛いカノピッピ……」


 別れの言葉を打ち込んで、スマホの画面を消した。

 この2時間は、これまでの人生で味わったことがない刺激に満ちていた。そして今もドキドキしている。

 今日の出来事に対して、世間では何かの科学的な理由が付けるのだろう。もしかしたら、教科書なんかに載っちゃうかもしれない。学生達はいい加減な科学を頭に詰め込み、この不思議な出来事を理解したつもりになるのだ。

 ただの百合カップルが巻き起こした、短い恋バナを知る由もないまま――。

 

『あ、でもごめんね』


 と、なんていうか、ここで終われば綺麗に絞まったのだろうが、スマホの画面に、その言葉が映し出されたのだ。


『もう着いちゃった笑』

「嘘でしょ!? まだ時間には余裕が!」

『サプラ〜イズ!』

「このバカベガ! 変態天体!」


 なんの冗談? サプライズにも程があるよね〜!

 そのメッセージを受信した直後、視界が真っ白に染まっていった。

 これが世界の終わりというものか。

 裏切られた様で気分は悪いけど、天国の様なこの光景を最後に死ねることは、そこまで悪い事でもないのかもしれない。

 真っ白な世界はやがて光を失って、真っ黒な闇に包まれる。

 そうか、死んだんだ。

 不思議と落ち着いている自分がいて、なんだか笑えてきてしまう。

 2時間前まではいつも通り過ごしていたというのに、世界はこんなにも簡単に変わってしまうんだ。

 一先ず、私はこの世界に生まれて幸せだった。

 優しいパパ、腐女子のママ、キモオタの兄貴、腐女子の妹に囲まれて、オタク友達にも恵まれた。

 そして最後には誰も想像したことすら無いであろう、天体との恋愛劇を演じたのだ。

 もう思い残すことなど、明日の月刊百合だけ。

 多幸感に満たされながら、私は暗闇に抱かれ、28年の人生に幕を下ろしたのである。

 と思ったのだけれど。


「だぁれだ?」

「――ッ!」


 突然耳に温かい吐息がかかり、背筋にぞくぞくと快感が走った。


『続報です。21時7分頃、地球に接近していたベガが突如消滅しました。地球の危機は去ったのです。この件に関して国連の――』


 民放のアナウンサーがそう言うのだから、地球の危機は去ったのだろう。

 つまり私がいるこの暗闇は死後の世界じゃないのだ。普通に自室である。

 わざとらしく耳に吹きかけられる吐息と、両目を塞ぐ温もり、後頭部に当たる柔らかい感触。

 私はまだ答えていない。彼女の問いかけに。


「あ、えっと……」


 この日を境に夜空から1つの一等星が消え去った。

 一体どこに行ってしまったのか?

 その答えは、私だけが知っている。

お付き合いいただきありがとうございました。

感想、評価お待ちしております。

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