62.開戦
太陽暦1306年4月上中旬 柳泉
「ここからだと城下町の向こう側まで一望できますね」
「そのように改修いたしましたからな」
城のてっぺんに用意されている部屋から外を見れば、国境部を越えた近陵国の軍がよく見えた。迷いなくまっすぐこちらに向かっているその兵らが援軍でないことは明らかだ。
「それにしても柳泉殿の言ったとおりになりましたな。裏切り者の主力はまさにこちらに引きつけたようにございますぞ。本隊を強襲する部隊は無いに等しいとか」
「まぁ近陵国内も抑えないといけないですからね。どちらも狙えばどちらも得られない。欲をかかない判断をしたのは正解ですが狙うべきはこちらではなかった」
羽鶴殿はしきりに頷いている。ってかまさかここまで上手くいくとは思わなかった。自分でも驚きだ。もちろん表情には出さない。
「それよりあの従者、昔どこかで見たと思ったのですが」
「羽鶴殿、私のいた国ではこのような言葉がありました。同じ顔の者はこの世に3人存在する、と。まぁ他人のそら似ということでしょう」
「・・・そうかもしませぬな。いや、つまらんことを申しました。それよりも鶴翼は上手くやるでしょうかな」
「元陽にはしかと言いつけております。合図も非常にわかりやすく、何よりもあそこからであればこの城も戦況もよく見えましょう。何も心配はいりませんよ」
元陽を鶴翼殿に付けて別行動をして貰っている。2人は土木仕事が得意な兵を数人連れて龍尾山脈を少し登った場所で待機している。そこには大きなため池があり、その池は例の輸送ルートとして使用している百本川の支流の中継ポイントになっている。
その支流は龍尾山脈を下ってきて、そこまで大きな河川ではないものの近陵国と海興国の国境付近を流れている。
普段はその地を越える者がいないため、大規模な土地整備がされているわけではないがぎりぎり近陵国側の領地内に橋が出来ていて、そこを渡って越内国が海興国の北部への嫌がらせに使っていた。
つまり簡素かつ、たいした耐久もないしょぼい橋が数個出来ているだけだ。
今回裏切り者らはこの橋を使っていた。新しく作っておけばいいものを。
「城下町に敵が入りましたね。・・・後先考えずに町を壊しています」
「ふむ・・・、少し効果が弱まりそうか」
口元をムニムニ押さえながら羽鶴殿は唸った。まぁ問題はないだろう。むしろこのまま調子に乗らせよう。
「羽鶴殿、急襲隊に指示を」
「聞いたな?存分に煽ってやれ」
「はっ」
俺達の後ろに控えていた1人の兵が走って部屋から出て行った。そしてすぐに事が動き始める。
城門が開き数十人の騎馬隊が駆けていく。そして敵軍の先頭を歩いている部隊を急襲しそのまま離脱した。まさか打って出てくると思っていなかったのか、敵の司令官らしきやつが大慌てで体勢を整えるように叫んでいるのが聞こえる。にしても、ここから戦況がこうもハッキリ見えるとまるでゲームをしているような気分になる。
無線でもあればあれこれ戦況に合わせた指示を出せるのに、と少し残念にもなった。
しかし不思議なものだ。もうすでに最初の襲撃で敵兵が数人槍で貫かれて死んでいる。にもかかわらず俺に深い動揺はなかった。むしろ気分が昂ぶっている。
「反転しましたな。もう一度、今度は側面をえぐりますぞ」
「えぇ、よく見えます。先頭を歩いている部隊はこれで上手く機能しなくなる。煽りは十分な成果を出しそうですね」
「では退かせましょうかな」
「お願いします」
羽鶴殿は部屋から外に向かって合図を出した。それを確認した物見櫓にいた兵が1度目の狼煙を上げる。
4度目の突撃体勢を整えていた騎馬隊は、突如方向転換し城門へと戻って来た。
それを追うように、まるで鬼のような形相で追いかけてくる敵司令官。残念だがそこまでやる気があるのはお前だけだよ。周りをよく見てみ。
足並みはバラバラ。すでに隊列から遅れている者もいる。それでも突撃指示を止めない指揮官はついに城門をくぐった。
「さて、では次の策を出しましょうか」
今度は俺が外へ指示を出す。狼煙が上がる代わりに叫び声が城に響き渡った。それは味方兵士の雄叫びだ。
塀の上に数百人の弓兵が姿を現す。すでに迷路のような曲輪になっていて兵も散り散り、その上狭い道で少数での移動が条件付けられている上での弓兵の攻撃だ。
ろくな反撃も出来ずに城門を突破した兵らは逃げ帰っていく。
「さすが白雲殿の精鋭弓兵ですな」
「さぁここからです。海興国を裏切ったことを後悔させてあげましょう」
自分では分からないが、後に羽鶴殿には『とてもこれまで話していた人物と同一人物とは思えないほど不気味な笑みをしていた』と言われた。
ちょっとショックだった。




