第9話
出発前の点呼が終わるのを待っていたローレンツ隊長が、街道の異変に気が付いた。
「砂煙だ!! 何か来るぞ!!」
騎士団は、慌てずに隊列を組み直す。レオナにはよくわかっていないが、きっと練度が高い騎士団なんだろう。
『簡易マップ』に映し出される対象は、半径50m以内の仲間、NPC、魔物となる。もっと広範囲を索敵するには、狩人や弓師が使う『索敵スキル』が必要なのだが、レオナは取得していない。ちなみに吟遊詩人にも、打楽器の『感知』という曲があり、演奏すれば同様の効果を得られるが、こちらも取得していない。
しかし、あの程度の距離なら…レオナはターゲットしてから、『ターゲットウィンドウ』で名前を確認する。
「ユーリア・リリエンタール?」呟きを聞いたローレンツ隊長が驚く。
「何!? 何故わかった? いや、それよりも、何故、ユーリアがここにいる!?」
「ローレンツ隊長!! 旗です!! クレト砦の旗です!!」
「伝令だ。ユーリアに伝令を出せ!!」
「ユーリア様!? それでは…クレト砦は…」
和やかな雰囲気だったリブ村の広場が、物々しい緊張感に包まれていく。
そして、ユーリア率いる騎士団と合流したローレンツ隊長は、これまた異変を感じて村から飛び出してきた村長に、村の空き家で作戦会議を開けないか調整を行う。
その間、あたしは村長の娘レナーテに村を案内してもらうことになった。
濃い青のボレロに白いワンピースのスーツ風ドレスで首元には大きなリボンという姿だけは貴族なあたしをエスコートすることに、凄く緊張していた。
ゲーム内にリブ村なんて村があったか記憶にない。
村の規模は人口3,000程。そもそも村にNPCが3,000人もいた試しがない。
「カ、カレンベルク様、どうぞ…こちらへ」
村長の娘レナーテは、13歳ぐらいだろうか?
村長の娘らしいが、権力を鼻にかけている様子はないし、肌は日焼けして小麦色で健康的だ。
「リブ村はご覧の通り、辺境の小さな農村です。申し訳ございませんが、カレンベルク様にお見せできるような…特に珍しいものなどありません」
「レナーテさんのことは、レナーテお姉ちゃんと呼ぶから、あたしのことはレオナで」
「で、ですが…」
「いいの。いいの。カレンベルク様なんて呼ばれているところを皆に見られたら、後で笑われちゃうもん」
村を囲むように建てられている木の柵の内側は、畑が大半を占めており、農作物でびっしりと埋め尽くされていた。
「凄い! あっ! これトマト!?」
ゲームに関係ない前世の記憶も、このように思い出すこともあるのだ。
「あ、はい。酸味よりも甘みの強い品種です。子供たちにも人気です。あっ…」
「えっ? あ…。気にしないで、あたしは大人じゃない。子供だもん。そ、それより…1つでいいから…た、食べてみたい…だ、駄目かな?」
「大丈夫ですよ。これと同じくらいの糖度で、小さなこちらの品種なら、そのまま食べられます」
一口サイズのミニトマトをパクリと食べる。ちょっとした酸味の後に、じわーっと甘みが口の中に広がった。
「美味しい! 本当に、本当に美味しい!!」