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やるせなき脱力神

やるせなき脱力神番外編 断片集A

作者: 伊達サクット

<ウィーナ VS バ美肉グレート>


 ウィーナが屋敷を出て、王都の街並みを歩んでいく。

 そのとき、彼女の正面に鉢巻きを額に巻いた中年の、汚い身なりの男が現れ、行く手を塞いだ。

「貴様ウィーナだな!?」

「いかにも」

 ウィーナが言う。

「ウィーナこの野郎! どうしてこのバ美肉グレート様を落としやがった!?」

 バ美肉グレートと名乗る男が怒りに任せて怒鳴り散らした。ハゲ散らかした頭から湯気が立っている。

 ウィーナは思い出した。

 この男、性犯罪(強姦が三件)を犯して牢獄に入っていたことがあったので、ワルキュリア・カンパニーの採用試験で不合格にしたのである。

 それを抜きにしても、戦士として弱くて採用基準を満たしておらず、どのみち落第であった。

「強姦魔を雇うわけにはいかん」

 ウィーナは冷たく言い放つ。

「はぁ!?」

 バ美肉グレートが再び声を荒げる。額に青筋がいくつも立っている。

「なんでそういうこと言うわけ!? せっかく心を入れかえて更生してやろうっていうのに! せっかく人が真面目に生きようとしてるのにどうしてそう差別するわけ!?」

「雇うも雇わぬもこちらの自由だ。強姦魔を喜んで雇う組織を探すがいい」

 ウィーナは再び冷たく言い放つ。

「ふざけんな! そんな組織あるわけねーだろ! 俺を雇え! なんで釈放されたのにいつまでも犯罪者扱いされなきゃいけないわけ!? お前みたいな財を成して儲けてる奴が俺を積極的に雇わないといけないだろ!? 社会的使命だろ!?」

「断る」

「いいのか!? 俺を採用しなかったらまたそこら辺のメスブタを襲うぞ! お前が俺を採らなかったからそうなるんだぞ!? いいんだな!? そうしたらお前がイコール強姦魔ってことになるんだぞ!? いいんだなそれで!?」

「好きにしろ。私の知ったことではない」

 ウィーナは三度冷たく言い放つ。このバ美肉グレート雇ったからといって、それで更生して真面目になる保証は全くない。

 組織の構成員になってから再犯でもしようものなら、組織としての信用を失う。

 ワルキュリア・カンパニーには、その危険性の高い仕事内容ゆえ、元犯罪者の戦闘員も多くいる。

 なのでそういった者達を押さえつける為に幹部クラスの部下は戦闘能力の高い者を配置する『戦闘能力至上主義』を採っているが、それを踏まえた上でもこの男を雇うメリットがあるように思えなかった。

「ちくしょおおおおおおお!」

 突如バ美肉グレートは懐からナイフを取り出してウィーナの腹を刺す。

 しかし、刃はウィーナに当たっても、腹部に傷一つつけることができない。

「何ィッ!?」

 バ美肉グレートは何度も何度もナイフをグサグサと突き刺すが、ウィーナの肌はびくともしない。

「ば、ばばばばば馬鹿な!? 何でいくら攻撃してもダメージを受けんのだ!?」

 ウィーナはバ美肉グレートの攻撃に痛みすら感じていなかった。強さの次元が違うのである。

 ウィーナはバ美肉グレートの額を軽くデコピンした。

「ぐわあああああああああっ!」

 悲鳴と共にバ美肉グレートの体が吹き飛び、宙を舞う。そして、地面に激しく叩きつけられ、額の鉢巻きはデコピンの衝撃で散り散りに破ける。

 露わになったバ美肉グレートの額には、性犯罪者として捕まったことを意味する、男性器マークの刻印が彫られていた。

「うわああああっ!?」

 バ美肉グレートは慌てて額を隠す。

 そして、ウィーナに背を向け「さよなら」と言い、そそくさとこの場を逃げようとした。

 ウィーナは地面を蹴った。

 バ美肉グレートの動体視力では全く見えない程の超高速で彼の正面に回り込む。

「ヒッ!?」

 正面に立つウィーナを見て、バ美肉グレートの両目が飛び出た。

「お前、今私を殺そうとしたろ」

「記憶にない」

「私でなければ死んでいた。ちょっと警察に行こうか」

 ウィーナはバ美肉グレートの手をつかみ、抵抗する彼をずるずると地面を引きずりながら警察隊の屯所へと向かっていった。

「う、うわああああああっ! こいつは差別主義者だ! 皆さーん! こいつ美少女のバ美肉を受肉したただのオッサンです! 助けてえええええっ! そんなのやだ! そんなのやだよおおおおおっ! おい人の話聞けえええええっ! うわああああああっ!?」

 バ美肉グレートは叫んだが、この様子を見る周囲の者達は、誰もバ美肉グレートを助けようとしなかった。


(おしまい!)



<くっころ>


 エルザベルナは、怪獣ボボゴンの隠れ家に捕えられていた。

 両腕を上げさせられた格好で両手首を鎖で吊るされており、両足も繋がれている。

「ぶえ~っへっへっへ! ぶわあああっ!」

 怪獣ボボゴンは、紫色のでっぷりと太った巨体を持つ化け物だ。

 吊り上がった口から牙を見せ、舌を垂らして笑っている。

「くっ……殺せ!」

 エルザベルナは凛とした口調で言い放った。これから自分がどうなるか想像しながらだ。

 表面上は毅然とした態度をとっているが、内心は恐怖で支配されている。

「ぐえ~っへっへっへ! もういいヤン!」

「何?」

 エルザベルナは怪訝な顔つきを作る。

 構わず怪獣ボボゴンはエルザベルナの拘束を解き始めた。

「何のつもり?」

 エルザベルナは状況が飲み込めない。まさか本当に助けるつもりなのだろうか。

「俺様はただ『くっころ』のシチュエーションを実際に見たかっただけヤン! もう見れたからいいヤン! 帰っていいヤン!」

「ハァ!?」

 自由になったエルザベルナは怒りが冷めやまぬまま、下卑た笑いを浮かべるボボゴンを睨みつける。

「バイバイヤ~ン!」

 そんなエルザベルナなどどこ吹く風といった様子で、ボボゴンは満面の笑みで手を振った。

「何それ? アンタそれを見たいってだけでいきなり私を攫ったわけ?」

「そうヤン! 命乞いしたら他の糞マ○コ共と同じように肉便器にしてたところだったヤン! お前運がいいヤン!」

「ハァァァァッ!?」

 エルザベルナが再び怒りの声を上げる。心の中でも『ハァァァァッ!?』と叫んでいる。

「今日はもう寝るからサッサと出てけヤン! バイバイヤ~ン!」

 怪獣ボボゴンのあっけらかんとした爽やかな笑顔が、エルザベルナの怒りと不快感を増幅させる。

「いや、『バイバイヤ~ン』じゃなくて」

「ヤン?」

「剣、返してよ。アンタ私襲ったときに盗ったでしょ?」

 エルザベルナが言う。不意を突かれる形でいきなりこのモンスターに襲われ、剣を奪われたのである。

「ああ、はい」

 ボボゴンは奥からエルザベルナの魔剣を持ってきて、普通に彼女に返した。

 受け取った瞬間、エルザベルナは剣に闘気を集中させた。魔剣の刀身が青白いオーラを纏い、ボボゴンの脳天に振り降ろされる。

「ヤ~~~~~~ン!」

 ボボゴンの脳天から緑色の血しぶきが飛び散り、ボボゴンは仰向けに倒れて死んだ。

「何こいつ……。気持ち悪っ……」

 緑色の返り血を浴びたエルザベルナは、こんな気持ち悪い奴に捕まった自分の未熟さを深く恥じ入り、帰路についた。

 こんな幸運、もう二度は訪れないだろうと、自分自身を戒めつつ。


(終)




<リティカル先生>


「……凄い、もうギミックパーツしかないと思っていたのに」

 平従者が自分の腕を見て、感嘆の声をあげる。

 悪霊との戦いで切断された彼の腕を、リティカルが手術で繋げてみせたのである。

 もちろん、ワルキュリア・カンパニーでの仕事中に発生した負傷でれば、無料で理想研究所のリティカルによる治療を受けることができる。

 ウィーナが冥王からリティカルを預かり、旧邸を研究所に改造し、その管理まで彼女に任せたのには、こういった狙いも含まれていた。

「剣を振るえるようになるには、まだ訓練を続けないと駄目よ。私がいいって言うまでは戦いに出ちゃ駄目」

 リティカルは顔の口から優しい言葉をかける。

「はい! ありがとうございます!」

 平従者はリティカルに礼を言い、理想研究所を去っていった。

 その様子をまじまじと見つめるロシーボ、ロシーボの腹心であるシュドーケン。ロシーボはシュドーケンを伴い、理想研究所に見学に来ていたのだ。

「悪ぃな。お前の仕事取っちゃって」

 リティカルの胸元から、左右に牙が生えそろったもう一つの口が現れ、ロシーボに語りかけた。

「いや、素晴らしい。こんなことができるなんて。もっとどんどん俺の仕事取っちゃってよ! ギミックなんかより全然いいじゃん!」

 ロシーボは目を輝かせながら、リティカルの手術の優位性を素直に認め、彼女の技術を讃えた。

 既にリティカルは、入れ替わりに診察室に入ってきた次の平従者の相手をしている。

 シュドーケンは、以前戦いで左腕を失ったときに、ロシーボに付けてもらった金属製のギミックアームの掌を見つめた。

 そして、何も言わず、苦笑しながら深いため息をついた。


(終わり!)



<ラブラブバカップル>


「ねえクスト、尻尾こっちゃった。マッサージして」

 リティカルは、理想研究所の副所長にして、リティカルの監視役であり、果ては現在進行形でお付き合い中の彼氏でもあるクストに対し、尻を突き出し、太く透明な尻尾をフリフリと振ってみせる。

「はいはい」

 クストは優しく微笑みながら、リティカルの尻尾を優しく揉む。

「はぁぁぁ……。落ち着く……癒される……」

 リラックスした表情で溜め息を吐き出すリティカル。甲斐甲斐しく尻尾を揉むクスト。

「Explosion arriere(リア充爆発しろ)!」

 その様子を、物陰からひっそりと監視する、リティカル直属の管轄従者・フランシス。

 彼はおそらく翻訳を間違っているであろう胡散臭いフランス語(冥界にフランスがあるの?ってツッコミは無しでお願い致します)で、小声で悪態をつく。

 ウィーナから秘密裏に強化戦士で精神が不安定なリティカルの監視、そして万一暴走した際の鎮圧を命じられている(表面上はリティカルに忠実な態度を見せている)フランシスは、相棒の白馬と共に仲良く血涙を流しながらその様子を盗み見していた。

「ブヒヒヒ~ン(リア充爆発しろ)!」

 フランシスの愛馬は口に加えたフランスパンを噛み砕いた。


(終わりィィィィィ!)



<一応ウィーナもヴィナスの応援はしてやってる>


「ヴィクト、愛する者がいるからこそ、その者を守るために戦えるというものだ」

「はぁ(どーせヴィナスのことでしょ?)」

 ヴィクトは気の抜けた返事をウィーナに返す。

「そこでどうだろう? お前もそろそろ本気で我が娘、ヴィナスのことを」

「お断りします」

「速いな!」

「ウィーナ様、本気で私がヴィナスと合うと思っているのですか? 性格的に!」

「お前ならどんな女にも合わせられる」

「お断りします!」


(劇終)

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